いわゆる「高畑問題」では、母親の会見をきっかけに「子育てのあり方」や「成人した子供に対する親の責任について」といったテーマが各所で取り上げられているが、もちろん、それがすべてではない。テレビでこの話題を取り上げることによって生じる被害者の二次被害というゆるがせにできない問題がある。それとは別の観点からも、容疑者の段階で犯罪をどう語るか、加害者家族の二次被害について等々「犯罪を伝える」ことに伴う様々な問題が横たわる。

重さに耐え得るのか

 そうした「重さ」に耐え得る知識もなく、芸能界の力学なども絡んだりする中で、その他の軽妙に笑い飛ばせるようなテーマと同様に「語り合う」しつらえは、いかにも無理がある。

 私自身、テレビで発言できたのは「ちゃんと向き合った記者会見だったと思うが、被害者の視点で見るといかがなものか、という発言が随所にあった」ぐらいだ。理由は、スタジオでコメントできる時間が数分しかないから。単純な理由だ。

 ここでコラムの登場となる。コラムは、時間は山ほどある。だから、ここで言わせていただきたい。

 タレントたちが恐れるのは、相手が容疑者、大女優、大御所タレントという、どれも踏みたくない“踏み絵”だからだ。息子を批判するにもまだ"容疑者"で犯罪確定ではない。事件の全容が見えていない。文化人系出演者は特にこうした点に慎重に配慮する。

 いわゆるタレントたちは大女優とも大御所タレントとも今後の共演を思えば、心証を害する発言は極力避けたかろう。だから、皆、喋れなくなる。

 そこに坂上さんは怒った。自分なりの上沼発言への批判をし、親子論、男の成長論を語った。誰も喋らないなら俺が喋るといった腹の括りが見えた。CM後、まだ議論は続きますというナレーションに、他のタレントが漏らしたつぶやきは、思わず出た本音だろう。

 「え~…まだ続くの~…」