たくさんの講演をこなす講師たちの武器は、パワーポイントだ。このパワポを使えば、同じ講演を繰り返すのは容易だし、会場では客の顔を見ず、客も講師の顔を見ず、双方が白いスクリーンに映されたデータなどを見ることで、講師はその解説者として立ち位置をずらすことができる。主役はデータだ。

 これだと、客席がノーリアクションでも成立する。講演というより、しまらない授業、あるいは単なる伝達といった感じだが、とにかくその1時間は、それなりの体裁が整う。

我が身ひとつで

 だが、パワポの限界もある。あるシンポジウムに参加した時だ。数人の講師がパワポを使って授業めいた講演をした。何人目かの時だった。

 先に登壇した講師とまったく同じ内容のデータが表示された。そもそもテーマが同じで、引用資料を掲出する以上、ダブる可能性はあった。

 「それ、さっき、もう見た」と会場から言うわけにもいかず、また、講師自身も「さきほども〇〇先生が紹介しましたが」と言いながら、自身もそれを準備してきた手前、紹介しないわけにもいかず、観客は結果、同じ画像データと同じ解説を、異なる講師で2度聞くことになった。

 パワポの限界とは、臨機応変が利かないこと。状況判断で大きく舵を切るのに向かないこと。ハプニングに弱く、機械の不具合でもアウト、だ。

 そういうわけで、私の講演は我が身ひとつ、だ。

次ページ 嗚呼、不発