本気の喧嘩ができなくなる。だって……。

 これを叩くなら、それはもう、お茶もお花も日本舞踊も、ありとあらゆる付け届け文化は叩かねばならないことになる。コメンテーターたちは「日本人は全員公務員たれ」とでも思っているのだろうか。

 名実ともに公務員ではない私が楽屋に入ると、そこに「共演よろしくお願いします」という一筆と共に、“付け届け”が置いてあった。私は慣習としてそれをいただき、くれた人に「ご配慮をちょうだいしまして」とご挨拶に上がった。

 本番前にこの慣習があると、本番中には本気で喧嘩腰にならない、なれない、というジレンマに襲われる。だって、人間だもの。
 付け届けをくれた人に、本気で喧嘩は売れない。売れるもんじゃない。

 誤解のないように言うと、くれなかったからといってその人めがけて喧嘩するワケではない。しかし、総じて討論とか議論になると歯に衣着せぬ物言いをしないとなかなか視聴率が取れないこともあって、ずばずばモノを言うのだが、付け届けをもらった人に対しては、衣を着せてしまうのだ。
 くどいようだが、だって、人間だもの。

 「あなた間違っている!」と言いたいところが、「お気持ちはわかるんですが、私は違うんですね……」という忖度反論語になってしまうのだ。仕方がない。

 いただくのを拒絶すると失礼にあたるので、受けとりはするが、私はそういう本番前の付け届けはしない主義だ。仕事は本番だけの勝負だと思って挑みたいタイプだ。

 そういう裏事情を知ったうえで他番組の議論のあり様を見ていると、その背後の付け届け具合が透けて見えることが少なくない。

 パワハラオヤジタレントが、「ちょっと今、僕、喋ってるからね」と、割り込む女性タレントを優しくいさめた。その瞬間、「あ。この女性タレントはこのパワハラタレントに付け届けをしている」とわかる。