石原慎太郎氏の「年増の厚化粧」発言を、メディアの男性たちはこういう質問で小池氏にぶつけた。各局一緒だった。

 「あの発言は、正直うま味があったのではないですか?」
 「あの発言は、ありがたかったのではないですか?」

 まことに男性らしい分析だ。その回答に小池氏はほぼすべて同じ入口から答えた。

 「いいえ。気分は悪いです」

 ただ、その先が変わっていった。最初にはこう感想を述べた。

 「厚化粧といいますが、実は私は頬にアザがありまして…」

 テレビを見ていて、思わず「その戦略はダメだぁ」と私は感じた。

 それは舛添知事の時にあった「実は股関節に…」同様、世間の同情を買うやり方で、すでに前知事が失敗している。

 「実は」系は、私は論法としてズルいというか、危ない手法だと感じている。

「ばばあ」と言うのは「じじい」

 が、小池氏は次の同様の質問に対して答えを変えた。

 「いいえ、嫌な気分でした。女性が長年働いているとこういう言葉を吐かれるのが現実です。これでどうやって女性に輝けというのですか」

 うまいっ!と膝を叩いた。そう。この戦略なら大勢の共感を得られる。

 そのバリエーションの罵声や皮肉を職場で経験してきた女性は私も含め、少なくない。そして、この「年増」発言について男性たちがよく分かっていないこと。それはこういう発言をする男性は、必ずといっていいほどその年増と揶揄する女性より年を取っている、ということだ。

 職場の後輩男性が私を指して「ばばあ」ということは経験がない。

 「もうおばさんじゃないか」というのは私が30代のころ、60代の男性たちからしばしば吐かれた言葉だ。実は、年増と揶揄できる権利のある年下の男性は、その表現を使わない。たとえ思っていても口にはしないたしなみはある。

 つまり「じじい」こそが、年下女性を捕まえては、ばばあだの、年増だの、いじめてきたワケだ。