私のように、産みそびれ、結婚しそびれ、という女医はフツーにいるはずだ。そしたら、「女医は出産で辞めるから」と責められずに済むが、今度は「生産性がない女性になぜ税金を」てな感じで攻撃されるわけですよ。ついでに少子化の原因だとも責められる。

 子育てで離職すれば責められ、子を産まねばそれも責められる。どちらを選んでも社会からは否定される。

 女性の自己肯定はかようにとても難しい。だからこそ、自立でき、組織で出世が無理なら開業でき、という医師を職業に選ぼうという女性たちがいる。彼女たちが必死に挑戦する動機はとても理解できる。

 公務員同様、平等な機会があるならば自己肯定のためにも自立を目指し頑張ろうとしていたら、「子供産むから」を理由に減点される。なんと皮肉な。

生きることに必死なのか、それとも?

 ほぼ同時期に、出産をめぐって他者を否定する発言が繰り広げられたわけだが、発信した当事者の内心を忖度するに、おそらく彼女、彼らは、「生きることに必死」なのである。

 杉田氏は政治家として保守層の男性たちに認められようと必死になって、リスクが明白な文脈に突っ込んでいったし、東京医科大の唖然とする点数操作からは、女医の離職が重大な問題になっていることに対応せねばという、必死さを感じる。

 やり方はどちらも大間違いだと思うが、その選択をしてしまう背景にはなんらかの切迫感があるのではないか。

 弁護するわけではもちろんない。そうでも考えないと、もうひとつの結論しか私には思い浮かばないし、それはいくらなんでもあんまりだと思うからだ。