助けを借りるべき他人=「プロ」を探せ

 会場は爆笑に包まれた。

 弱気は危険だ、と、思った。年だ、と、弱気になると、家族、とか、いい人、とかいうのが近づいてきて、弱気になった人をいいように利用していく。それも善意のもとに。あるいは自覚なく。能力もないくせに。

 その女性の問題は、娘婿にあるのではない。婿の強引さにあるのでもない。一番の問題は、女性が弱気になった、ということだ。そして、家族を頼った、ということだ。

 世間には、助けてくれる他人が、プロが、少なからず絶対にいる。
 悩みを、苦しみを正直に打ち明け、敬意を持って付き合えば、その力を惜しみなく貸してもらえる。

 その貴重な関係性の構築を、“家族”という幻想で放棄してきたら、他人しか頼らなかった私の話が「そんなバカな。他人が助けてなどくれるものか」と、荒唐無稽に聞こえるらしい。

 もし、私が「家族は最高だ。家族はいつも味方だった」という講演を聞いたなら、やはり、「そんなバカな話があるか」というかもしれない。でも、助けてくれた他人を疑心暗鬼で見る苦悩を抱かないで済む私は、やはり、家族に固執し家族に失望するより幸せだと思うのだが、どうだろうか。博打打ちのシアワセ、なのかもしれないが。

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