客席の女性には、家族がいる。
 高齢であることと子がいることで、モデルルームみたいな暮らしがあると幻想を見たのかもしれない。だが、実際は、自分の家が壊されさら地にされる恐怖におののくハメになっている。

 そして、私に怒るのだ。
 「他人なんか助けてくれるか」と。
 では、と私は女性に聞いた。

 「私にぶつけた不安を、お子さんたちに言いましたか? 親が高齢だから同居というなら、今、ここにあるあなたの不安に、子どもは付き合ってくれていますか? 不安だから今日、この講演に来たのですよね?」

 「そうだ」と女性はうなずいた。

 「じゃあ、なぜ、あなたの隣りに娘夫婦が座っていないのですか」
 「誘ったけど、来ないと言った」
 「あなたの不安に付き合ってくれなかったから、今日、一人で来られたのですね。一人でも来ないではいられないほど、あなたは釈然としない憤りを抱えている。今私にぶつけた本心を、そのまま、子どもにぶつけてみてはいかがですか」

「もう年だから」家をさら地にするのですか?

 会場からそうだそうだと声が上がり、拍手まで来た。

 皆、他人事ではないのである。皆、高齢を前に、暮らしをどうするべきか、今ある財産を手に、これをどう使おうか迷っている。会場は、数百名の討論会のような異様な熱気を帯びだした。皆、不安だから何かを得に今日来たのだ。

 「あなたは不安で釈然としないからここにきた。その思いを子にぶつけ、子が何を言うか、私は聞く機会がないのが残念です」
 「…もう年だから」
 「年? ひとりでここまでやってきて、最前列を陣取り、お洒落をし、手を挙げて発言するあなたが、年?」
 「子に頼るしかない。もう免許証も返上したのだ。足も弱くなった」

 「だから家をさら地にするんですか。頼る子たちと足並みがそろっていない。まず、家族として暮らせるか。あなたの意志を尊重してくれるか。同居はそれからです。まず“さら地”ではない。足が弱くなったのなら、鍛えるべきです。弱くなったから同居? 違う。弱くなったら歩きましょう。一人が退屈なら、友人に一緒に歩いてと頼みましょう。

 一緒に歩きませんか? というプロポーズは生涯続くと思っていてください。少なくとも、あなたの子たちは、あなたと歩調が合っていない。だからあなたは怒っている。それも、子どもではなく、私に。おかしいですよね。杖もつかず、車椅子でもなく、これだけ意見するあなたが、年? まだまだ死にません」