さて、答えはいずれか、と興味を持って見ていると、当初、疑惑を追及する日本の記者たちに対しても、居丈高な態度で接していた。やましいところは一切ないということであれば、その態度を貫き、謂れなき疑惑を払拭し、かえって頼もしいリーダーとしてのイメージを獲得して、リオ五輪の閉会式にも勇躍、出向けたことだろう。

 しかし立場が苦しくなると、態度は一変、伏し目がちに低姿勢を貫くようになった。ご心配をおかけし…、ご迷惑をおかけし…、と口にしながら何度も頭を下げた。

 まったく同じ内容を指摘されているのに、相手によって、状況によって、答える内容を平然と変え、態度をころっと変えられるというのが、何ともイライラさせられる。

形はあるが、心はない

2)ポジティブな言葉には語気を強め、詫びを入れる言葉には頭を必要以上に下げる。

 これは先般の審議会での彼の発言からもたくさん拾える。「全身全霊」「一生懸命」など選挙演説で言い慣れたフレーズは、その都度、同じように語気に力が入る。これらの単語は「ここにフォルテシモでアクセント」という形状記憶のようなパフォーマンスが繰り返される。そして「断腸の思い」「不徳の致すところ」「ご心配を」「ご迷惑を」といった言い回しは、神妙な顔つきで何度も頭を下げながら口にする。形状記憶のワンセットという様相だ。

 残念ながら、そこに「心」は感じられない。お詫びの言葉を神妙に弱々しい調子で口にしようとするものの、その言葉と裏腹に、プライドを抑えるのに必死なのか、結局、平板な口調になる。頭を下げるのも形状記憶的条件反射だから、いやいやながらの心中が漏れ出てしまう雑さが目につく。もはや、ただ言葉を弄する者でしかない、と皆のイライラを誘う。

次ページ 何とも脇が甘い