そうした状況下で、「助けてほしい」とアイドルが警察に何度も相談に行っても、「なにかあれば連絡ください」となった。そしてその"なにか"が起きた時には即、重大な事態に至ってしまうのが、いわゆるストーカー事件の落とし穴だ。

 なにか、が起きないために作られたはずのストーカー規制法が、逆に、警察を動きにくくさせている皮肉。そして事件の度に報じられる“不手際”がさらに不安を募らせる。加えて今回の事件では、アイドルの女性がプロダクションに所属していなかったことも悔やまれる。すでにストーカーと位置付けられる存在が認知されたら、徒歩で一人で楽屋入り、ということは大手プロダクションならさせない。

 だが福山雅治さんクラスのスーパースターでも、ついうっかりコンシェルジュを信用してしまうのだ。それを考えれば、プロダクションを辞めたばかりの若い女性が、芸能界の危険性をどれほど察知できたか。返す返すも残念でならない。

 また今回の事件では、一方的にプレゼントされた時計を返したことが殺意のきっかけになったと報道されている。

 もう芸能界に30年以上いる私なら、まったく異なる対応をしただろう。まず、どのファンとも直接やりとりはしない。どんなに嬉しいお手紙をいただいても無礼を承知で直接返事はしない。今日のファンは明日のストーカーになり得る可能性があるという経験を実際にしてきた身としては、今回のような事態なら、どれほど難癖をつけられようが送り返さないし、返事もしないし、いっさいのリアクションをとらない。

逃げろ

 相手は勝手に本気で恋愛し、勝手に傷ついている。それがどれほど身勝手なことだと文句を言っても、らちは開かない。「時計返せ」とは表面上にすぎず、一方的な恋愛で傷つき憎悪が殺意にまで達する狂気の持ち主に変貌したことを思えば、ただひたすらに身を隠し逃げるしかない。

 これからも、タレントたちが笑顔で人々を魅了するという仕事をし続ける以上、それがお仕事だと知りつつ“善良な狂気”に酔いしれてくれるファンだけでなく、「俺の思っていた女性と違う」といって勝手に傷つき“狂気そのもの”を振りかざすような「元ファン」の存在もまた、消えることはない。

 身勝手な暴走という意味では、「DV」と呼ばれる行為をする男性たちにも同じ臭気を感じる。女性への勝手な幻想を持ち、幻想が裏切られたと感じた瞬間にその怒りを女性にぶつけるような、そんな回路があるのかもしれない。

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