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ご相談
ストーカーによるアイドル刺傷事件のニュースに身がすくみました。私は普通の会社員ですが、知り合いの男性から執拗に交際を迫られ、困っています。一方的に思いを伝えられて、こちらは戸惑うばかり。周囲に相談しても「モテる人はつらいね」などと真剣に聞いてくれない人もいますし、たとえ真剣に聞いてくれても、いざトラブルとなったら巻き込むようなことは避けたい。何とか穏便に事を収めたいと思っています。しかし報道によれば、相手がストーカー化して、それを警察に相談しても十分な対応は期待できないとのこと。通勤時にも、ふと周囲に用心するようになったりして、精神的に参ってしまいそうです。(20代女性)
遙から
芸能活動をしていた女子大生がストーカーに刺され重篤だという。まず何より、彼女の快復を祈りたい。このような理不尽な出来事で、彼女の夢を止めなければいけない理由など一切ない。
そのうえで、なぜ、こういった悲劇がなくならないかについて書こうと思う。
「アイドルが刺された」ことで大きく取り上げられたが、一般女性もまた似たようなケースで刺され、命を落としている。加害者は多くがストーカーとされる。
こうした事件が起きた際、テレビのニュースや情報番組では、事件の概要を伝えたのち、「なぜ警察が女性を守れなかったのか」と問うコメントで着地して、次のニュースにいく。これをもう数十年、繰り返している。そしてきっと今後もストーカーは生まれ続ける。それはなぜか。時期尚早なのは承知のうえで今回の事件を例にとることをお許しいただきたい。
笑顔と妄想の間
いわゆる女性アイドルとは、若く可愛くチャーミングな笑顔で主に男性を魅了するプロを指す。"若く可愛くチャーミングな笑顔"が好きな男性は、引きこもり気味の若者も、新地・銀座を闊歩する年配男性も含まれ、そのマーケットは幅広い。アイドルには時代と世代を超えたマーケットがある。それをつかめるのはごく一部だが。
今回の事件について「SNS時代に、近い存在として錯覚してしまい、アイドルとの距離感を保てなくなったため」との解説を見聞きしたが、私はそれに納得しない。かつてインターネットがなかった時代からストーカーは存在し、銀幕のスターに至近距離まで近づき危害を加えた例もある。また今回、400通にも及ぶツイッターの書き込みがあったというが、数千回のメールで相手を追い詰めた例もあれば、数百通の嫌がらせの手紙だってある。新しいツールがストーカーを誕生させたと考えるのには違和感がある。
ストーカーがなぜ生まれるかは、被害者が"アイドル"の場合、読み解きやすい。
ストーカーになるタイプの男性は、まず女性への幻想が強い。純粋無垢で汚れを知らず天使のような女性がいると思っている。彼らの妄想に影響を与えるもののひとつがメディアだ。例えばテレビドラマでは、聖女と娼婦の対立構図が設定され、お約束の役割分担が女優たちにあてがわれる。女たちの間に立つ男性は、妻の浮気は「あり得ない」とし、下半身の奔放な女性を見下しながらも欲する。そんな男のジレンマが描かれる。
ニーズがあるのだから、そういうキャラクターに自らを当てはめて愛人キャラを演じる女性タレントもいるし、愛くるしさを極めて商品化するのがアイドルだ。元アイドルの不倫を徹底して許さない社会の底には、そんな聖女幻想がちらつく。聖女など女性タレントのカテゴライズにすぎないのに。
が、聖女がいると本気で信じる男性にとっては、単なるタレント商品の1カテゴリーにすぎないアイドルの笑顔を真に受けてしまう。アイドルもそれは職業だから、どの写真も微笑むし、より美しい写真を公開し、握手もしよう。リピーターには一声かけもしよう。
私はアイドル枠ではないが、やっていることは同様だ。微笑み、声をかけ、より好かれるためのひと工夫をする。相手が望むキャラクターになる。だって、それが仕事だから。
それが、タレント、だ。
プロとして
楽しみたい人たちがいて、楽しませるプロがいる。娯楽的約束事の下、芸能界は日々稼働している。
女性たちが生存戦略として浮かべる「作り笑顔」は、キャリアウーマンだって身体化している。受付嬢も。キャビンアテンダントも。新幹線の車掌も。売り子も。政治家も。
だが、それが作られたものだと知った時、裏切られたと感じる男性がいる。そしてよくも裏切ったなと憎悪をたぎらせる。近松浄瑠璃なら、のぼせあがった若旦那に遊女が「こっちは商売さ。本気になりやがって」と地を出す見せ場もあろうが、現代のタレントはそうもいかない。舞台なら「厄介な客がつきやがったなぁ」と遊郭の番頭がつぶやくあたりで、プロダクションの出番だ。
芸能プロダクションのスタッフたちは、タレントがファンたちにかける魔法のようなものが、多くの良識あるファンの方々との関係を良好にする一方で、ほんのわずかながら厄介な問題を生じさせることを職業上、心得ている。実際「厄介な客」は多くのタレントに男女問わずついている。
「これは厄介だな…」と察知すれば、警察ではなくプロダクションがタレントを守る。予定を安易に公開しない。生放送時には裏動線で動く。移動時には前後左右をスタッフで固める、などのガードは、我々の職業ではごくごく普通のことで、日常といっていい。
芸能界では、ストーカーは、驚くべき突発的存在ではなく、ほんの少数ながら常時存在するものとして認知される。だから常に目を配り、その存在を把握することで、トラブルを未然に防ぐ。
だから福山雅治さん宅に侵入したコンシェルジュのように、日常に紛れ込まれると相当に厄介だ。
私がマンションを選ぶ時も、コンシェルジュがいて有人警備の整ったクラスの物件を望むが、コンシェルジュにすべてを託すようなことはしない。身近にいて様々な情報を掴みうる存在は、危うい存在にもなり得るからだ。もちろん大多数のコンシェルジュの方々は職務に忠実に、利用者のために励んでいらっしゃるはずだが、託し託される関係になるには、相応の用心も必要だ。一流ホテルのスタッフが、宿泊中のタレントの行動をネット上に安易に晒してしまう時代なのだから。
福山雅治さんの事件では、コンシェルジュが女性で、福山さんのファンで、出くわした吹石一恵さんに危害を加えることもなかったのは何よりだった。男性のコンシェルジュで吹石さんのファンで、などと考えると、背筋が寒くなる。芸能界とは、そんな危険と紙一重のところにいるプロ集団だ。
規制の前も後も
なぜ警察が守れなかったか。これは被害者が出る度に問われている。
その答えは、昔はストーカー規制法がなかったから。今はストーカー規制法があるせい、だ。
どういうことかというと、ストーカーという概念がなかった時代は、どれほど警察に助けを求めても「被害以前」だから警察は動けない。「怖い」くらいじゃ楽屋入口を警備してくれない。明確な被害や脅しがあれば別だが、ストーカーはもともとが「好き」という感情から入っている。実際ちょっと前までは単なるファンだったのだ。警察に行ったところで「熱心なファンでしょ?」で帰された。
ストーカー規制法ができた後は、規制法の内容に警察が縛られる。
かつてメールを日に千通単位で送られた女性が警察に駆け込んでも、嫌がらせ行為に「メール」という項目がなかったせいで警察は動かなかった。
その女性が実際に危害を加えられた後、嫌がらせ行為に「メール」も加わった。法律とは被害が出て初めて改善される。つまり、法律がなかった時はそれを理由に、できた後にも時にそれが縛りとなって、警察が容易に動けない構造が続いている。
そうした状況下で、「助けてほしい」とアイドルが警察に何度も相談に行っても、「なにかあれば連絡ください」となった。そしてその"なにか"が起きた時には即、重大な事態に至ってしまうのが、いわゆるストーカー事件の落とし穴だ。
なにか、が起きないために作られたはずのストーカー規制法が、逆に、警察を動きにくくさせている皮肉。そして事件の度に報じられる“不手際”がさらに不安を募らせる。加えて今回の事件では、アイドルの女性がプロダクションに所属していなかったことも悔やまれる。すでにストーカーと位置付けられる存在が認知されたら、徒歩で一人で楽屋入り、ということは大手プロダクションならさせない。
だが福山雅治さんクラスのスーパースターでも、ついうっかりコンシェルジュを信用してしまうのだ。それを考えれば、プロダクションを辞めたばかりの若い女性が、芸能界の危険性をどれほど察知できたか。返す返すも残念でならない。
また今回の事件では、一方的にプレゼントされた時計を返したことが殺意のきっかけになったと報道されている。
もう芸能界に30年以上いる私なら、まったく異なる対応をしただろう。まず、どのファンとも直接やりとりはしない。どんなに嬉しいお手紙をいただいても無礼を承知で直接返事はしない。今日のファンは明日のストーカーになり得る可能性があるという経験を実際にしてきた身としては、今回のような事態なら、どれほど難癖をつけられようが送り返さないし、返事もしないし、いっさいのリアクションをとらない。
逃げろ
相手は勝手に本気で恋愛し、勝手に傷ついている。それがどれほど身勝手なことだと文句を言っても、らちは開かない。「時計返せ」とは表面上にすぎず、一方的な恋愛で傷つき憎悪が殺意にまで達する狂気の持ち主に変貌したことを思えば、ただひたすらに身を隠し逃げるしかない。
これからも、タレントたちが笑顔で人々を魅了するという仕事をし続ける以上、それがお仕事だと知りつつ“善良な狂気”に酔いしれてくれるファンだけでなく、「俺の思っていた女性と違う」といって勝手に傷つき“狂気そのもの”を振りかざすような「元ファン」の存在もまた、消えることはない。
身勝手な暴走という意味では、「DV」と呼ばれる行為をする男性たちにも同じ臭気を感じる。女性への勝手な幻想を持ち、幻想が裏切られたと感じた瞬間にその怒りを女性にぶつけるような、そんな回路があるのかもしれない。
今、この国のアイドルたちは制服を着ながら純粋無垢、天真爛漫な笑顔を振りまく。両手で感謝をこめて握手し笑顔をプレゼントする。
圧倒的に善良な狂気を共有できるファンを得た時が、この仕事の至福の瞬間。そうアイドルたちが考えることは理解できる。が同時に、コンシェルジュさえ信用してはならない職業だということも忘れてはならない。
そして、これはあくまで芸能界の話、とはいかない。一般社会においても、相手の"笑顔"をきっかけに、勝手に暴走する輩はいる。
作り笑顔ではなく
悪質なストーカーにつきまとわれる事態になったら、どうするか。とにかく全力で逃げる。徹底的に身を隠すことを勧める。そんな答えは単純すぎると思う人もいるだろうが、理屈の通らない危険な相手が身近に迫る状況で、大手プロダクションに守られてもいない、警察に守ってもらえる保証もない当人にできることは、少ない。だからまず逃げろ。事は命に関わる。警察や周囲のサポートを頼みつつ、とにかく我が身を第一に守ってほしい。
といって、相手がストーカー化するのを恐れるあまり、新たな出会いや周囲の人たちとのコミュニケーションに怯んでしまうようではいけない。ともに喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。それら、あなたの人生を豊かにするものを手放してはいけない。
1つだけ、使い方を考えた方がよいものは、作り笑顔だ。それは、危険な相手には誤解され、ちゃんとした相手には見透かされる。仕事上、使わざるを得ない場面はあるだろうが、四六時中、顔に貼り付けておく必要はない。