この日から、私は、「このパレットにまかせよう」と考えを改めた。
きっと、プロとはこういうものなのだ。
分かったか、遙洋子
パレットはきれいだった。誰か他のタレントが使った痕跡もない。他のタレントのパレットも覗き見た。やはり新品のようにパレット内に一定量の口紅がヘラで並べられていた。
パレットを開いてみたら、そこに、プロ意識が息づいていた。長年、静かに待ち続けていたプロの魂が見えた。そんな気がした。
いつ、誰が、気づいてくれるか分からない。また、そのパレットが市販のものではなく、手作りであることに気づくタレントもどれほどいるだろう。そして、毎回、それが使い回しではなく、誰かが使う度に新品のように生まれ変わっていることに気づく人もどれほどいるだろう。
でも、私は気づいてしまったし、それを長年、自分が無視し続けてきたことにも気づいた。
ずーっとあったのだ。目の前に。気づかなかったのは私なのだ。
職人魂と言おうか。派手な顔面マッサージをせずとも、じっと、そっと、その機会を何年も待つのもプロだということに、言葉だけで何かを言った気になる商売の私は、胸を打たれた。
沈黙もプロなり。
どれほどキャリアが長くなろうと、何でも分かっている気になってはいけないぞ。わかったか、遙洋子よ。…はい、心します…。
大事なのは、立ち止まらないことだ。そして、自分にはない何かを持つプロたちとの出会いに感謝することだ。

『私はこうしてストーカーに殺されずにすんだ』