かの地に滞在中、代表的な他の老舗旅館にも足を運び、直接聞いて回った。

 「もし私がここに泊まれば、食事は個室でできますか?」

 すべての老舗旅館の答えは同じだった。

 「皆様、食堂でのお食事となります」

 人員不足は深刻だ。街は中国人の団体客でにぎわっている。だが、働き手が足りない。そんな中でも断片的に残る、一つ一つの“伝統”に出合う度、私はいちいち心を揺さぶられた。が、このままでは、そっとお茶を置いてくれる女将も、「〇〇旅館でございます!」という雄叫びも、やがて消えていくことだろう。

 これが少子高齢化社会の一端か。一人にかかる負担が極端に増え、ノルマや人手不足で汲々としている状況にあっては、残したい伝統や職人芸を引き継ぐ人を、育てることもままならない。

 …時代だ…と思った。時代vs個人、そんな圧倒的格差のある戦いにあっては、どれほど気概を持った人でも、その厳しい状況に耐えきれないと感じることがあるのではないか。

次のカーテンは

 そこで大事なのは、取り返しのつかない負けにしないことだ。

 

 カーテン屋さんは、世界旅行に行く理由を「ただ、見てみたいだけです」と言った。

 それもいいだろう。その道一筋に頑張ってきて、それしか知らないと自認する人生を歩んできた人にとって、一歩外に踏み出す機会は決して無駄にはなるまい。

 この先、彼がどんな生き方を選ぶかは分からない。

 しかし、彼はカーテンを再び作るようになるんじゃないか、と私はひそかに思っている。大好きなカーテンに、世界各地で吸い込んだ多彩な空気を込めて、さらに心地よいカーテンを作るようになるのではないか、と。いや、なってほしいな、と。

 

 そしてその時は、彼に新しいカーテンを、ちょっと奮発して作ってもらおうと思っている。

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