不安を感じて「朝ごはんは…」と尋ねると、案の定「申し訳ございません」。

 仕方なくコンビニに連れていってもらい、夜はインスタントラーメン、朝はバナナで済ませた。

 翌日、「今日はお食事をしていただけます」との案内があり、広間に行くと、宿泊者全員の食事を一人の仲居さんが用意していた。

 極端な人員不足なのだ。だから、かろうじてまかなっている流れ以外の要望には対応ができない。お湯や建物の風情は味わいある宿だったが、残念ながらゆったりした気分は味わえなかった。

ここにも伝統

 翌日からは別の宿へ。温泉組合が予約してくれていた宿まで車で送ってくれるという。

 次の宿に着いたその時だ。前の宿の男性が、玄関で大声をあげた。

 「〇〇屋から、お客様をお連れしてまいりましたぁ!」

 その瞬間、私は昭和初期あたりにタイムスリップしたような気分になった。年配の男性の掛け声は、この温泉街で長年育まれてきたものなのだろう。まるで歌舞伎の一場面のようだった。彼の姿の向こうに、教え継いできた先達たちの姿が見えたような気がした。そして、かのカーテン屋さんが凛とカーテンを肩に載せる姿を思い出した。

 早い時間の到着で、部屋に入れるまでしばらく間があった。その日は体調がすぐれず、他の客の姿がないことを幸いに、私はロビーで横になった。すると、そっと熱いお茶を置いてくれる人がいる。ご高齢の白髪の着物姿の女性だ。

 翌日、次の宿に送ってもらう時、運転する男性に聞いた。

 「あの頭を深く下げてくれている白髪の女性は?」
 「はい。ここの女将でございます」

 そして、この地の伝統であろう「〇〇旅館から、お客様をお連れしてまいりました!」という張りのある声を再び聞いた。

 次の宿の食事はバイキング形式だった。…やはり人手が足りない。