「グランジュッテというダイナミックな技術が私は好きです。あなたは何が好き?」

 という私の稚拙な質問に、ルグリの回答は私の耳にはこう届いた。

 「あんな、技術というのは、技術にすぎないねん。技術の向こう側にダンサーが表現したい魂みたいなもんがあってな、その魂を表現するために技術があるにすぎないねん。若い時は技術に走りがちやけどな。そりゃ、技術も要るで。必要や。表現せなあかんからな。ただ、技術だけじゃあかんねんなぁ、これが。一番大事なのは、魂をどう届けるかやねん。ダンサーにはな、若い時、成熟した時、さらに成熟を重ねた時、と、段階があってな。それぞれに味わってほしいんやなぁ」

 …と、私の耳には届いたのだ。

 つい「ええこと言いますねぇ」と言った。私の言葉も彼の耳にはフランス語として届いているはずだ。ルグリは笑った。互いが見つめ合うと、こういう錯覚を脳はしてくれるのだ。

 …見事な芸術監督だ、と思った。

「かめへんで」

 私は我儘を言ってみた。これは計画的な我儘だ。彼にちょっと踊ってほしかったのだ。

 もちろんインタビューのために来ているから、彼は踊る気はさらさらない。予定にもない。

 突然の私のお願いに、彼はどう反応するだろう。

 「むっちゃ、お願いがあります。嫌やったら断ってくれていいです」

 「なに?」

 「私はバレエを10年ほどやってますが、回転が2回しかできません。あのクルクルクルッと回る、あれができないんです。一生の思い出にしますんで、助言をもらえませんか?」

 世界最高峰のパリオペラ座バレエ団のエトワール、歴史に名を残すダンサーに教えを乞えるなんて、こんなタレント冥利はない。もし教えてくれたなら、これは宝くじに当たるくらい嬉しい。

 「かめへんで」

 ルグリは言ってくれた。

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