彼はまず私がする質問を事前に聞いてきた。私は自分のカンニングペーパーを通訳さんに差し出した。私がするであろう質問に彼のほうから先に質問があった。「この問いは、バレエ全般に向けての問いか?」など。

 …緻密だ。一流はテキトーではない。

見ると言ったら、見る

 そしてインタビューが始まる前、彼の緻密さは目線にまで及んだ。

 彼は私に提案した。

 「インタビューを撮影するにおいて、つい通訳の目を見がちだが、それだと二人の会話の映像としておかしい。通訳を見ず、言葉が分からなくてもお互いを見つめ合って会話しよう」

 …さすが芸術監督だ。どう人の目に映るか、が彼の脳内で出来上がっている。

 インタビューを始めたものの、つい、一瞬、私に話しかけてくる通訳さんの顔に視線が泳いでしまうことが何度かあった。慌ててルグリに視線を戻した次第だ。

 …がルグリは違った。

 およそ40分の間、ただの一秒たりとて私の顔から視線が外れなかった。

 「あなたを見る」と言ったら、最後まで私の目を見続けて喋ったのだ。フランス語を。

 経験して知ったが、ある意味、不思議な光景だ。

 ルグリと私が撮影の関係上、数十センチの至近距離で、フランス語と大阪弁を喋り続けるのだ。彼は見事にそれをやってのけた。

 ルグリの、私を見つめ続けた灰色とブルーがかった瞳を、私は生涯忘れないだろう。

 脳というのは不思議な錯覚をするもので、近い距離で見つめ合って自分が大阪弁を喋り続けると、ルグリのフランス語も大阪弁のように私の耳には届くのだった。

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