痴漢も衝撃的だろうが、よほど悪質なものでない限り「つい」という逃げ口上もある。あくまで妻や娘に対して、だが。

 しかしセクハラは違う。今回を例にすれば権力格差を利用し嫌がる相手に下半身ネタを連発するわけだから、麻生太郎大臣の「言葉だけ」という擁護発言にもあるように、言葉だけ、なのだ。

 だから、よけいにカッコ悪い。権力使ってそんな幼稚なことやってんのかよ、というカッコ悪さだ。
 ならまだ、もし私が娘の立場なら「父は愛人を囲っているのよね」のほうが、友達にも言える。

 数分置きに出る「おっぱい」。
 被害者にも同情するが、ご身内にも私は深く同情する。

 いつも酒におぼれて働かずどうしようもない父親が昼間から開いてる居酒屋で言う「おっぱい」じゃない。
 国を動かす官僚のトップが言う「おっぱい」が、私はとてつもなく恥ずかしいのだ。

 私が恥ずかしいくらいだから、事務次官はもっともっと恥ずかしく、怒りも憎悪も裁判くらいじゃ収まらないほどの荒れ狂うご心情なのだと察する。

 だから喋る度に、あれほど優秀な人が発言が変わっていく隙を見せてしまう。つまり、動揺を隠せないほどに怒っている。

 こっちが怒れば、相手も怒る。やがて、どっちが加害者でどっちが被害者かが曖昧になり、反撃のための理屈に、「ハニートラップ」論や、「嫌なら行かなければいいのに」とか、「はめられた」という、日頃男性達が心の奥に閉まっている本音が、同性相哀れみの想いからつい出てしまう。いや、出るわ出るわ。男性擁護論。そりゃ当然だ。男性議員達が喋る度に「謝罪します」と「撤回します」と言わねばならないほど、本音を口走っては批判を受けて詫びて鎮静化する、ということをこの事件について発言する議員らは繰り返している。