次に思ったこと。同伴の女性たちの表情だ。私自身の20代を振り返ってもそうだが、相談者同様「ご馳走してあげる」という年配男性のお誘いは苦手だった。一応、愛想よく「ご馳走さまでした」と笑顔を作るものの、今だから言えるが、楽しくはなかった。あくまで苦手なタイプの男性に関してだが。そうじゃなく私がご一緒したい素敵な男性ももちろんいる。

 だが、あの店にいた同伴出勤前の女性たちの表情は、かつての私の20代と同じだった。

 店の全員を食事に誘うカッコいい俺、という自己陶酔型の男性を私ならシラケた思いで眺めるだろう。同伴しながら最後までほとんど喋らない男性との食事は美味しかっただろうか。そこにいた女性たちの心を思うと、なんとそこにある光景は男性仕様にできていて、女性はそれに順応すべく嘘をついて生きているのだろうと思う。

 アジア人の女性は自分を無視する連れではなく話し相手に私を選んだ。また妻を横に「今度、女を連れてくる」と言える私の兄。どちらも鈍く、想像力に欠け、目の前にいる女性や店員への関心もなく、その自分本位完成度の高さは一級品だ。

料理とは別に

 ビジネス界では経営者の進退に関わる騒動があちこちで繰り広げられている。内紛やら不適切なやり取りやら様々な情報が流れているが、良き経営者か否かは、私流に言わせていただければ、一度、食事をしてみればわかる。

 いかに同席者に関心や敬意をもって会話ができ、料理人にどうねぎらいの言葉をかけられるか。配慮と想像力の試験。人脈作りと人望のリトマス試験紙。それらが欠落している人物に良い経営ができるとは思い難い。まあ、人格的に問題ありでもガンガン稼ぐ人はいるだろうが、手段を選ばず金儲けに走る人は「良き経営者」とはまた別の存在だろう。

 私の経験では、食事をご一緒して、思いつくあらゆる配慮が行き届いていた経営者は、世界シェア上位を誇る大企業のトップだった。そういう人との食事は職業が違えども学ぶことが多い。

 男の鈍さは女の嘘が症状を固定させる。先日の新地の店には、私から見て、兄も含め「いい男」は一人もいなかった。いい男というのはそれくらいの確率でごく少数生息していると思っておいたほうがいい。どんな振る舞いがカッコいいか。捉え方は人それぞれだ。自分にとって、合うタイプ合わないタイプというのもあるだろう。この人はスゴイなあ、と思える人は、なかなかいないかもしれない。でも、いないわけではない。そして、見極めるのは誰かの目ではなく、あなたの目だ。

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