まだ客は私たちだけだ。兄はのびのびと串カツ店の店長に話しかけた。質問ではない。自分のことを話し出した。糖尿病で、胆石もやり、前立腺も…と。私は兄に釘をさした。

 「ここには、まったく同じ病気をフツーに持った男性たちがお洒落して集まる。恰好つけて遊びに来る場所で、病院の待合いのような話題をしちゃだめ」

 食べ物には興味もないらしく、店長が仕入れた跳ねる魚の食材の新鮮さやこだわり、料理についての質問はない。日頃の料理を食すがごとく黙々と食べた。

 やがて、一組の同伴カップルが来た。年配の男性と若いホステスだ。年配男性は柄物のジャケットを着ている。お見受けするタイプから判断するに、景気よく遊ぶ豪快な中小企業の社長系だ。「今度、あの店に全員を連れていったるわ」などと店主に話し、店員全員が歓声をあげた。カネ払いもよい。皆に奢りたいタイプ。ホステスの同伴もつきあうし、立ち寄る店の店員たちにもサービス精神あふれる遊び人だ。

 その時だ。私の兄が店員に怒鳴った。

ここはどこ?

 「この焼酎、熱すぎるやんけ!」

 さきほどの豪快社長に誘われて喜んでいた店長はすぐ真顔になり、「下げて」と店員に焼酎を下げさせ「すみません」と兄に詫びた。

 兄は怒りが収まらず、「触ってみい! あんな熱い酒、どう持って飲むねん」などとまだ声を荒げている。そういえば家でも料理には興味はないが、好きな酒の温度には譲れないものがあるようで、兄嫁にもよく怒鳴っていた。

 つまり、家でやっていることをそのまま店でもやった。

 「怒鳴ってはだめ」を教えておくのを忘れた、と、私は下唇を噛んだ。

 店員たちを喜ばせる金の使い方をする客と、店員たちを酒の温度で怒鳴りつける兄。新地で遊ぼうと思ったら、兄はもう、やはり無理なのだ。

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