その大前提に、テレビ局が生きるために切っても切れない芸能界という世界がある。その芸能界の内情を知る私としては、もし自分に娘がいたら、芸能人はおろか、その世界と密接に通じるテレビ局に、絶対に入ってなどほしくない。

 外から見るテレビの世界と、内側から見えてくるものは驚くほど違う。それが、「入りたくて入りたくて仕方がなくてやっと芸能界に入れた」ワケではない私が見た芸能界だ。

米朝師匠の教え

 改めて見てみると、尊敬できる先輩の少なさに驚く。他は恐怖に近い感情で接している。

 その世界で地位や権力を得たら、後輩を、次世代を育成する、なんていう企業理念めいたものは、ない。権力を得たら少なくない人は、それに執着し、才能ある若手は自分の手中に入れて利用するか、自分になつかない若手なら悪口を吹聴する。亡き桂米朝師匠が個性豊かな弟子を数多く育てた功績で尊敬された背景には、そういう芸能界事情がある。

 権力者が決して自分を育ててくれるわけではないと知れば、小さくても自分が権力者になるしかない。そこで、売れたらすぐ子分たちを従え、そんな小粒の王様をテレビ局員も一緒になって持ち上げる。これは正しい。王様を勘違いさせて他局より有利に出演してもらい数字を取り利益につなげる職業がテレビ局の一側面なのだから。ここでは報道やスポーツはまったく視野に入れず書いている。

 米朝師匠がテレビ出演に固執したというのは聞いたことがないし見たこともない。

 それどころか、「この若手芸人は勘違いをしていると感じたら、テレビに出さないでやってほしい。それが長い目で見れば、その芸人のためになる」と、かつてのプロデューサーに頼んだ逸話を、そのプロデューサー本人から教えてもらった。

 テレビは、そこに出たいと強く願い、策を弄し、ある程度の技術と運で這い上がる場所だ。

 つまり、人格者が出世するわけではない別の法則がそこに働く。