「な?プロ主婦は、これだけの労力を料理という作業に費やしている。我々キャリア組がかなうわけがない。まずこれだけの食材を揃えられない。これだけの栄養素も獲得できない。そもそも、料理が若い。若さを推し量るには、料理を見ればわかる。年齢を重ねると共に、料理が一皿一皿減っていくやろ」
「ほんまや!」
「実家に帰るとわかる。家庭料理を食べたくて実家に帰るのは、若い昔の、おかずが一杯あった食卓をイメージして帰るのだけれど、実際、高齢になった家族の元に行くと、おかずはきゅうりのキューちゃんだったりする」
レッツ!ビジネス化
老いを計るには、その人の作る料理を見ればわかるし、老いと共に取るべき栄養素も落ちる。高齢社会を迎えるにあたり、これからのビジネスがこれで見えてくる。
"手料理ビジネス"だ。
私がそれを必要とし、感動したように、食事さえ届けばいいビジネスではなく、音と匂いから始まる料理が人を癒す時代が来る。絶対に来る。もう来ている。
孤食の高齢者の食事がシーチキンとご飯だけ、というドキュメンタリーを見た。もう料理という労働ができない高齢者は、そうなる。
事業化にあたっては、まず、ママ友ネットワークという、強い信頼関係があって成立するビジネスではないかと思う。
なんせ鍵を渡すのだ。冷蔵庫権を譲るのだ。私の身体の栄養管理を他人に譲り渡すのだ。
この肉体をつかさどるベースを頼る分、お掃除のアウトソーシングとはまた違う、信頼と腕が必要とされる。
「子育ての大変さ」が大前提にある、と、友達に言うと、そういえば、と、友達が言った。
「うちの母親も、高齢になっても一緒に遊ぶのは近所のおばちゃんではなく、昔、PTAとかで一緒だったお友達と旅行とかに行っているわ」
「ほら!それくらい、子育ては大変で、PTAも戦いで、それを共有した経験は、深い関係性を生み出しているんだと思う」