ただの冗談じゃないか

 なにやら問題児を抱えたな、といった反応に、私は反論した。

 「実際に、他の生徒が揶揄しているじゃないか」

 知人は、「ただの冗談じゃないか。決して“悪い人”やない。その女性を傷つけないために周りの生徒まで配慮せよというのか。そもそも、世間とはいろんな言葉が飛び交うもので、それをいちいち気にするほうがおかしい。そんなことでクレームを入れるようじゃ、入れるほうもおかしい。僕は場を楽しくする会話をしただけだ。傷つくほうがおかしい」

 ため息しか出ない。

 「傷ついた」という報告が上がっても、まっこうから否定し、相手の感受性のせいにし、訴える私のほうを異常だと理解し、世間はそんなものだと説得しようとする。そして、自分は全く悪くない、と。

 私は「他の生徒さんも、世間も関係ない。そこでの権力者はあなただ。“あなた”が、配慮すればいいのだ。私は他の生徒さんも、世間の雑音も変えようとは思わない。“あなた”が、変わるべきだ。なぜなら、“傷ついた”という報告が上がっているのだから」と引かなかった。そして、最後は、「わかりました!」と電話を切られた。

 パワハラとは、報告したら、した側を異常だと思いたがる。傷ついたと言った側を変だと扱いたがる。レスリングでも相撲でもなく絵画教室にもそんな光景がある。

 そこに権力者とそうではない人がいて、そこの「つらい」という感情が、権力者に伝わるだろうか、という懸念は、消える気配がない。もちろん、権力者がすべて加害者になるわけではない。真っ当な人もまた多いし、素晴らしい人も少なからずいる。

 世間でこれだけパワハラだセクハラだと騒がれて久しいのに、それでも自覚できない「おかしな人」にはできるかぎり、近づかないことだ。近くにいるのなら、どうにかしてそこから離れる努力をすることだ。同じ努力をするなら、耐える努力より、離れる努力を。

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