先日、マスクをしてタクシーに乗るなり運転手から言われた。

 「インフルエンザですか?」

 「いいえ。なりたくないからしているのです」

 エボラ出血熱が、どれほど人の無知から感染爆発したかアフリカの例をニュースで見てきた。だが、日本のこの様子はどうだ。現在も結核で年2000人もの人が亡くなっている。私が知らなかったマイコプラズマなども、治療を拒絶する健康過信タイプには通院を無理強いすることもできない。

 マスク=インフルエンザ、というパニックもどうか。

 インフルエンザの人がマスクをせず街を闊歩し、身を守りたい人がマスクで防御する。だが、マスク vs インフルエンザでは、圧倒的にインフルエンザのほうが強い。飛沫感染を防ぐために咳をする人がすべきなのがマスクだ、と、この国は小学校から教えるべきだ。

Shall We Mask?

 運転免許の講習場で、子連れの母子が私の背後に入ってきた。背中からコンコン子供の咳が聞こえる。

 「絶対、マスクをしていない」と確信をもって、咳のほうを振り返った。子供は鼻をたらしながら咳込んでいた。母親としてどうか。他人への感染以前に、これほど咳をする子供にマスクひとつしてやれない母親。こういう一瞬に、「咳をする人はマスクをつけましょう」ということすら徹底できない“無知の国”であることを、思い知る。

 花粉症から自らの身を守るためにはマスクはするが、自分で咳をするときにはマスクをしない。こうなると「私は自分以外の誰かがどうなろうと関係ないと考える人間です」と、何とも恥ずかしい宣言をしているようなものだと思うのだが、現実にそういう人は少なからずいて、それ以外の人たちに迷惑をかけ続けている。

 何とも情けない話だが、それが私たちの社会の現状だ。まず自衛。うつされたらすぐ病院へ。そして人にうつさない。

 周りに構わず咳をまき散らす人とどうしても同席しなければいけないなら、予備に持ち歩いているマスクを「どうぞ」と笑顔で渡してみてはどうか。「ありがとう」とマスクを付ければそれでよし。「私は要りません」という態度なら困ったものだが、「ああ、この人には“マスク以外のこと”も真っ当な期待をしちゃいけないな」と分かったことで、よしとするとして、大多数の真っ当な皆さん、共に乗り切りましょう。

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