違和感その2

 「出家するにしても、周りに迷惑をかけないタイミング、というのがあったはず。これほど迷惑をかけるのはいかがなものか」的発言について。

 結論から言おう。私は迷惑はかけていいと思う。私も芸能界で30年以上働いている。せっかく収録したものが台無しになる、ということは、あってはならないことだが、実際にはある。選挙時の立候補問題などもその一例。収録したものがボツになるなど見慣れた光景だ。

 一個人の生き方の選択で、大勢のスタッフと共演者の努力が台無しになる。でも、「立候補止めました」で、復帰もできるのが芸能界のユルさでもある。

 私はこういうユルさも芸能界の救いだと思っている。何か一発迷惑かけたら追放だ、くらいの厳しい社会のほうがよほど怖い。迷惑かけたら、かけられたほうは「もおー!」といって、そして許す。いい職場じゃないか。

 清水富美加さんは、撮影が途中なのに中断してしまった映画もあるという。もちろんこれも迷惑だ。こうしたことが起きないに越したことはない。

 しかし、スポンサーが逃げてしまっての撮影中断だってある。すべて撮影し終わったのに、代理店がカネ持って逃げる、という騙され方もある。芸能界はそういうとても胡散臭い職場なのに、そこで"周りに迷惑をかけない"と正論を言うことがどれほどの説得力を持つだろう。

 死にたいと思いながらも周りの迷惑を考え、正しく区切りまで働ける精神力の人もいるだろう。だが、正しく区切りまで精神が持たない人もいる。そりゃ、人間だもの。何が正しいか分かっていても、その正しさを貫ける人と弱い人とがいて当たり前だ。自分の精神力を基準に弱い精神力の人を批判するのはいかがなものか。

 「死にたい」と思う人が、本当に死ぬくらいなら、そして、後に「死ぬまで働いてはいけません」と大事な人を泣かせるくらいなら、私は、職場にとんでもない迷惑をかけてもいいから、「生きろ」と言いたい。その拠りどころが宗教だって、不倫だって、ロクでもない男との遁走だってかまわない。生きることが、あらゆるものを超えて最優先されるべき、というのが私の考えだ。