ここでいう「あの日」とは、自分が生きていく社会と、本格的なつながりを持つ時のこと。「社会デビュー」と呼んでおく。

 小保方氏の「社会デビュー」を最初の記者会見と見れば、相当に華やかだった。が、そもそも研究者にとっての社会デビューは、社会に対して影響のある何かを発見したり発明して認められた時、と考えると、そこが「あいまい」なままであったことに悲劇の芽があったのではなかったか。そして期待と現実が乖離していき、悲劇ばかりが現実になっていったのではなかったか。

ひと言のために

 社会デビューの成否がもたらす影響についてあれこれ考えていると、その大事さを共有した人たちが一丸となって取り組む姿に出会った。

 『金曜プレミアム・密着!中村屋ファミリー大奮闘2016 勘三郎との約束SP』というドキュメンタリー作品だ。そこでは弱冠4歳の歌舞伎俳優のデビューに密着していた。ひと言のセリフを言うデビューに、両親、祖母、叔父、同業者、弟子、まったくもって驚くほどのあきれるほどの大勢の大人たちが「無事にデビューができるように」と心血を注いでいた。

 彼らは「ああ次世代が誕生した」と浮かれているのではない。このデビューが、ひとりの人間の命運を分けることをよく知っている。伝統を背負う者としての重圧に負けないように支えながら、しかし、その現実をしっかりと受けとめ、自分の足で進んでいく覚悟を育てていく。その第一歩となるデビューは必ず無事に幕を開けてあげねばならない。そのことを熟知する歌舞伎界とはまさしく"デビューの怖さ"を知るプロ集団でもある。

 私自身、タレントデビューの時、共演者の大御所にもプロデューサーにも恵まれた。4歳の歌舞伎俳優レベルではないが、「無事にデビュー」させてもらえる万端の準備とフォローの目に囲まれて今日まで生活の糧とさせてもらえる運びになった。

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