ぐうの音も出ない兄は、結局、宿泊代を出すことになった。そう事を運んだのは兄嫁だった。

 兄嫁の気遣いが、兄の情けなさを覆い隠した格好だ。

 後日、ご高齢の同業の男性に、兄の情けなさを伝えると、こう返ってきた。

 「我々の職業のことを、一般の人に理解してもらうのは難しい。だから何を言っても無駄だということを覚えておきなさい」

 特殊な事情だから仕方ないと、気休めになるようかけてくれた言葉だろう。しかし、今回のことは業界に関わる事柄だから起きたわけではない。兄はただただ、自分が楽しいか、損はないか、というとてもシンプルな理屈で生きている。

 こんな人はなかなかいないんじゃないか、と思ったが、いや、と思い直した。

勝手に釘抜くな

 何度も食事を重ね、数十年のお付き合いのある男性がいた。私がお世話になっていた一般の方だった。その方が話す会社での出来事やらを私なりに理解をしつつも、なんて退屈な話しかできない男性だろうか、仕事の話しかできないことが、いかにその職業の当事者ではない私にとって退屈かを理解できないのだろうか、と思いつつ、ま、そんなもんだとお付き合いをした。

 私も芸能界の四方山話をした。私が相手の仕事に理解を示すくらいは、相手も私の仕事に理解か興味を示すことを期待していた。

 が、後日、それらを見事に裏切られる顛末があった。芸能界はあからさまに敵と味方とどっちでもない人たちで出来上がっている。と、私個人は思っている。その男性にもそんな話をして、不用意なことをほかで言わないようにと釘を刺しておいたつもりだった。

 しかし、その男性は私の“敵側”の同業者とも知り合いで、あれこれ筒抜けになっていた。悪意もなく、ただただ不用意にしゃべっていたようで、私が刺したはずの釘はどこに消えたのかと、驚くというか呆れるというか。

 自分の仕事と自分の気分にのみ興味があり、それを聞いてくれる女性がいれば大変幸福な世界観が出来上がり、一方的にしゃべり、相手の話はほとんど聞いていない。

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