こっちのほうが大きな懸念材料だ。「騒動のけじめ」という言葉は美しく聞こえるが、現実はもっと過酷で、まだ若い妻、これから長く続くであろうその介護だけと向き合う世界で生きていけますか? という危うさを、本人はどこまで分かっているのだろう、と思うのだ。

 小室氏は、かつて詐欺事件で逮捕という経歴がある。

 そこに至る経緯も、自身の社会的地位を鑑みれば、なんと判断を誤ったものよ。バレないとでも思ったのか、と、当時、判断ミスを感じた。

 そして、今回もまた、数々の判断ミスを、重層的に感じたのが、記者会見だった。

至極当然の…

 肉体と精神が疲れ切った状態で、まず、記者会見に挑む、という判断ミス。

 言葉やメッセージが「言っていいこと、悪いこと」が整理整頓されないまま、ジャジャ漏れの水道の蛇口のように、とうとうと流れ出る彼自身の当事者性からくる言葉の羅列を“記者会見”として成立させてしまった、という判断ミス。

 介護から逃げられる音楽活動を捨ててどうするのだ、宣言することで、もうあなたの世界は、介護だけになっちゃったじゃないか、という自覚のなさ、の、判断ミス。

 疲れていると、数々の判断ミスを起こしてしまう。今、小室氏はとてつもなく極限的に疲れているはずだ。そんな状況で判断ミスを犯した。至極当然のことだ。

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