彼は、引退を決断した。この判断は、正しかっただろうか。私のいう正しさとは、疑惑騒動の鎮火を狙う判断として、とか、なにもそこまで追い詰められなくても、といった心情的なことを指すのではなく、「疲れた人が、引退するのは正しいか」ということに尽きる。

つかの間の…

 彼はそもそも何に疲れたかというと、介護だ。

 介護をした経験がある人ならわかるだろうが、介護に、逃げ場があると救いになる。

 それは、同じ介護をする仲間のサークルだったり、助けてくれる人だったり、形はいろいろあろうが、私自身が介護をしていた時期には、仕事が逃げ場だった。介護の親を置いて、後ろ髪を引かれながらも、局入りするとホッとしたことをよく覚えている。

 仕事に集中している時だけは、介護を忘れられた。そうして意識の外に追い出したことを後に自責もするのだが、少なくとも、仕事は介護を忘れさせてくれる束の間の息継ぎだった。

 小室氏の場合、音楽の仕事に加え、女性関係もまた心の支えとなって機能したのかもしれない。性的能力云々など関係なく、彼は押し寄せてくる疲れから、仕事だけでは逃げ切れず、女性にも逃げた。と解釈するなら、今、彼に必要なのは、"逃げ場"なのだ。

 その逃げ場を疑惑騒動でふさがれ、才能への疑念を理由に引退をし、音楽活動を停止したならば、そこに何が残るか、というと、介護だけの生活、となる。

 ここが大きな矛盾としてある。彼は「疲れた」といって、引退を決意した。彼が戻る世界は、彼を疲れさせた介護しかない、というのに。

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