そして、ひとりの人間が人生を終焉させる式のクライマックスともいえるお骨拾いの場で、何やら違和感のある光景を目撃することになる。

 幼児が母に聞く。

 「これなに?」
 「これはね。骨よ。ホネ」
 「ホネ?」
 「そう。ホネ。熱いから触っちゃダメよ」
 「ホネ、あっちー?」
 「そう。あっちっちだからね」

 …葬儀の場を教育の場にしたっていいじゃないか。だって、家族葬だものね…。

お隣のご遺体

 ちょうど、お隣りのご遺体も焼き上がった。

 隣りの方の骨の周りには、悲しみを隠さない喪服姿のご高齢のご身内方が神妙に厳粛に、ひとつひとつご遺骨を骨壺に収めていった。

 私は素直にうらやましかった。せめてその日一日くらいは、悲しみと厳粛さをしっかり感じていたいと思い、そんな自分の気持ちにしっくりくる光景だったからだ。

 現実に戻れば、帰りのバスの中もキャッキャと賑やかだ。子供好きの青年たちが幼児をあやす。まるでピクニックに行くような雰囲気だ。喪主が膝に乗せた骨壺がピクニックのお弁当かと思えるくらいに。