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 今回は20年の回顧録を書こうと思う。

 2000年を挟んでその前後に“改革者”として脚光を浴びた人たちがいる。
 カルロス・ゴーン氏は日産自動車を改革し、星野仙一氏は阪神タイガース悲願の優勝を果たし、丹羽宇一郎氏は伊藤忠商事を黒字回復させNHKでドキュメンタリーも放送された。

 20年前、そんな彼らと共に「日経ビジネス」誌でリレー連載という企画に若輩の私も加えられた。当時は今よりも女性活躍への待望感が強く、改革、のキーワードと共に「女性視点への期待」が、連載内の私の役割としてあった。名だたる時代の寵児たちと共に、約20年前から私は執筆を始めることになった。連載は約4年続いた。

 やがて、ウェブサイトの立ち上げにも加わることになり、それから今日に至る。
 女性視点はそのまま。女性読者も増え、著名な改革者とは別に、私だけは低空飛行で芸能界で働きながらの20年だった。寵児たちはどうなったか。

かつての寵児たちのいま

 カルロス・ゴーン氏は、日産から指弾され容疑者となった。星野仙一氏は「あー、しんどかった」と優勝の言葉を残し、後に逝去された。丹羽宇一郎氏は伊藤忠の会長を経た後に日本大使として中国に赴いたが、国の方針と違う、と、その立場を去られた。

 「日経ビジネス」誌上の同期生として、彼らが最も華やかなりし頃に共に仕事をし、社会にそれぞれのメッセージを届けてきた目線で見ると、なんと“寵児”でいられる歳月は短いのだろう、と思わされる。

 何が言いたいかというと、私のような凡人にはまばゆいばかりの経歴の持ち主でも、その栄光は永遠ではない、ということだ。

 成功と脚光が、慢心や強欲を生むこともあるだろう。グローバルな視野を持つ人物でも嫌韓、嫌中の感情が渦巻くこの国では理解されにくいこともあるだろう。あるいは、弱い球団を再生、優勝させるために命を削ることも。