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 企業人でもできる繋がり方だと思うが、とにかく、うっかり爆発や火事にならないためには、鉛筆を落とすレベルのうっかりで会社を吹き飛ばす人間からは距離を取り、一方、慎重で注意深い人、つまりは優秀な人物と出会ったらとにかく離さない。

 人は他人に対して「うっかりをしないためにはね」などと教育できるものではない。その社員教育に費やすエネルギーは不毛だと私は断言できる。優秀な人物など1個の企業にそう数がいるものではない。だから、私は自分の組織ではなく、他所様の会社やフリーの人々のネットワークに助けてもらい、人の力を借りて、働いてきた。私は1人だが、常に誰かに助けてもらって働いてきた。

 執筆を始めた頃は、私は自分の原稿をどの編集者にも触らせなかった。自分1人を過信して、自らの感性のみに頼って発信してきた。が、紆余曲折あり、今や、書いた原稿は編集者に「あとはおまかせ」とばかりに好きに編集作業をしてもらっている。

 若輩のコラムニストがしゃかりきになって「一文字も触らないで」という働き方は、今振り返ると「若いな……」と思う。20年後の私は、「好きに触ってください」という“大人”になった。もちろん誰に対してでも、ではなく、まかせる担当者の優秀さを信頼してのことだ。

 年上と接することにストレスがあった若手時代から、今では自分が管理職世代となった。そうしたら、他人を頼ってみるのもいいことだ、ということに気づかされた。20年で私もまた変わったのだ。

世の中はどんどん「変わりにくく」なっている

 社会も変わった。政界が一強体制になり、すると忖度が普通になり、権力がその姿を隠す配慮も必要なくなって、むき出しになった。

 スポーツ界ではパワハラ事件が勃発し、長年の権力一強体制があったことが露呈した。もともとはその世界の功労者であったはずの人物が、長年その権力を握ると、慢心に傲慢、忖度、が定食セットのようにお盆に乗り、それをひっくり返す告発者にとっては命がけの時代になった。

 それらを放送のネタにしている芸能界はといえば、内部告発するタレントなどほとんどおらず、一強の事務所やら、タレントやらが、権力と化して放置されたまんまだ。芸能界は他の世界を批判告発できても、自らの世界はいっさい批判しない。できない。最も不健全な労働環境とも言える。覚せい剤事件でも起こさない限り、権力の権化となったタレントが排除されることはない。

 ならば、と、そこに媚びるタレントが権力構図を忖度で擁護する側に回る。私みたいに吼えれば、降ろされる。