正月は自由だった。正月であるという特別な感慨や正月気分に浸ることなく、いつも通りの一日を過ごした。私に正月はなかった。ただ朝ごはんに雑煮があったというだけ。

 これでいい。と、思えた。とても自分らしい一年のスタートに思えた。

いない人の役割

 後日、兄嫁から家族写真を見せられた。兄たちはとても老けていた。甥たちまでもがぽっちゃりしたおっさんの姿に変貌していた。

 「ずっと、あんたの悪口言ってたわよ」と兄嫁。

 人が集まると、ほぼ、いない人の悪口になるのが相場だ。

 「へえ。どんな」

 「あんたが20代の時の海外旅行先で、ホテルが気に食わないと泣きながら電話がかかってきたから俺が別のホテルを取ってやったのに、今だにお礼もない」という兄。

 そして、「洋子が俺に、たまには奢れ。洋子ばかりが奢るのは違う、と言われた」と文句をいう兄。

 笑った。

 そして、反論した。

 「何十年前の話や。そもそも、やみくもに『ローマのホテルが気に入らない』と国際電話をかけたのではない。旅行代理店で働く兄に言ったのだ。ホテルとるのが仕事の、旅行代理店や。それがどれほどの苦労だというのか。もし兄が弁当屋さんなら、『畑違いの用事を頼んで苦労したやろ。申し訳なかったなぁ』と詫びるだろうし、そもそもローマのホテル手配を頼むワケもない。旅行代理店の兄にホテルを取ってもらった。これ、何十年と感謝し続けねばならないことか? そして、妹ばかりが奢ることに慣れきっている兄に、たまに奢り返せと私が言ったとして、それはその通りじゃないか。なにか、どこか、間違っているのか」

 兄嫁は私に言った。

 「皆、妹が頼ってくれないから寂しいのよ。兄たちは妹にかまってほしいのよ」

 ・・・知るけっ。