未来から振り返った2017年の意味
地政学的変動、デジタル覇者と国家、AIと量子コンピュータ…
御立 尚資
ボストンコンサルティンググループ(BCG)シニアアドバイザー
自国の損得勘定や自分の国内支持基盤の強化を目的として、トランプ米大統領は「わが道」を行く。(画像:jegas/123RF)
米国一極集中の終わりの始まり
年の瀬になると、今年一年を振り返ってみたくなるもの。折角なので、将来から振り返ってみたときに、これがターニングポイントだったな、と思えそうなことを、今年の出来事から選んでみることにした。
まずは何と言っても、「米国一極集中の終わりの始まり」。
振り返りの一環で読み返してみたのが、ユーラシア・グループが昨年暮れに発表した2017年のリスクトップ10のリスト。その第一に挙げられていたのが、「インディペンデント・アメリカ」だ。トランプ政権の行動の基本原理は、これまで米国政権をある意味で縛ってきた「世界に対する責任」から自由になり、自国の損得勘定や自分の国内支持基盤の強化を目的に政策判断を行うことにある。この責任からの自由を「インディペンデント」と表現しているのだが、この予測は実に的を射ていたと言えよう。
「ユーラシア・グループ」が2017年初めに発表した
本年の世界10大リスク
① わが道を行くアメリカ(Independent America)
② 中国の過剰反応(China overreacts)
③ 弱体化するメルケル(A weaker Merkel)
④ 改革の欠如(No Reform)
⑤ テクノロジーと中東(Technology and the Middle East)
⑥ 中央銀行の政治化(Central banks get political)
⑦ ホワイトハウス対シリコンバレー(The White House vs Silicon Valley)
⑧ トルコ(Turkey)
⑨ 北朝鮮(North Korea)
⑩ 南アフリカ(South Africa)
(出典:ユーラシア・グループ「2017世界10大リスク」)
(当コラム2017年1月30日配信記事「トランプの時代、日本はシリコンバレーと連携を」参照)
米政権の行動は明らかにこれまでとは異なっていた
「リベラルデモクラティックオーダー」と言われる「民主主義、人権、自由貿易等の価値観に従い、他国にもそれを求めることで米国主導の秩序」を維持するのが米国のこれまでの行動原則だった。
しかし、1月のTPP離脱表明から12月のエルサレムの首都承認に至るまで、この原則にまったくとらわれない米政権の行動は、明らかにこれまでとは異なったものだ。西側同盟諸国が約70年にわたって、米国の覇権を受け入れてきた背景の1つを、米国自ら崩し始めていると言ってもいいだろう。
もちろん、米国一極集中の終わりの始まり、がトランプ大統領ひとりが理由で始まったわけではない。エレファントカーブが端的に示す先進国中流層の相対的没落(当コラム2017年1月16日配信記事「『エレファントカーブ』がトランプ現象を生んだ」参照)、そして中国を筆頭としたアジア新興国経済の台頭。この2つの大きな潮流が、今年トランプ氏の登場によって、はっきりと目に見える形で顕在化してきたと、捉えるべきだろう。
ちなみに、後者を雄弁に示したのが、10月の中国共産党大会での3時間半にわたる習近平主席の演説だったと思う。2050年ごろまでに、軍事、科学技術、インターネット、海洋などの各側面で、世界の「強国」たる社会主義中国を作るという宣言だ。実際にその後これを受ける形で、AI(人工知能)強化の具体的政策などが続々と打ち出されてきており、これまた将来から振り返ると、大きな節目だったと言えるのかもしれない。
勝ち過ぎ? 「アマゾン恐怖指数」が注目を集める
2点目は「デジタル経済の(初期の)覇者たちへの国家権力の介入」である。
このコラムの2017年10月2日配信記事「『意識的に』個人情報を提供してしまう世界」で触れさせて頂いたが、「GAFA」と総称されるデジタル経済で圧倒的な地位を占めるプレーヤーたちは世界の時価総額の上位を独占し、ユーザーが無意識に提供してしまう部分も含め、データを独占的に獲得、保有、活用して、驚異的な超過利潤を得ている。
彼らが世界市場で圧倒的な地位を獲得することは、米国にとっても好ましい。ついこの間まではそういう感覚の米国人が圧倒的に多かったように思うが、今年からお膝元での逆風が目立ち始めた。
アマゾンの伸長がリアル小売の倒産につながり、雇用を失わせる、という議論が議会でなされ、米投資情報会社ビスポーク・インベストメント・グループ(Bespoke Investment Group)の“アマゾン恐怖指数(Death By Amazon index)“というアマゾンによって事業がネガティブなインパクトを受ける企業の株価を集めた指数が、広く注目を集めるようになった。いわば、雇用の敵、という扱いだ。
Facebookは、大統領選へのロシアによる介入に結果的に手を貸したと批判を浴び、同社CEOのザッカーバーグは「facebookが人々を分断することになった」ことについての正式な謝罪に追い込まれている。
EUでは、データとプライバシーの保護、そして独禁法の観点から、彼らに対する規制が準備され、そしてご承知の通り、中国では国内の治安コントロールと安全保障の両面から、自国のデジタルプレイヤーへの優遇とGoogleやFacebookへの規制が行われている。
こう見ていくと、過去、スタンダードオイルやAT&Tといった独占企業対して行われた、公正取引担保のための分割や規制強化といった極端な締め付けが、GAFAに対しても検討されることすらあり得るのではないかと思う。
AIや量子コンピュータが広く使われるようになった
さて、最後に挙げておきたいのは、AIと量子コンピューティング。
Googleのグループ企業である英ディープマインドが開発したAI「アルファ碁」がトップ棋士を破り、IBMが量子コンピュータのクラウドでの利用サービスを開始したのは、どちらも2016年のことで、正確に言えば、歴史的かつ象徴的な出来事は昨年起こったと考えるべきかもしれない。
2017年、人類は囲碁という知的なゲームで人工知能(AI)に「勝利宣言」をされた。まさに歴史的な出来事であった。(写真:saranporoong/123RF)
ただ、専門家以外の人々がAIや量子コンピュータをビジネスの世界で実際に使うことを考え、試し始める、というのが広がったのは2017年だったように感じる。ディープマインドがアルファ碁をアルファ碁ゼロへ世代交代させ、IBMが「IBM Q」というブランドで量子コンピュータを利用するためのAPIやソフトウェア開発キットを提供するなど、このエポックメイキングな2つの動きも今年進化を遂げている。
最初に挙げた地政学的変動、そしてデジタル覇者と国家との力関係の変化。これらにも、AIや量子コンピューティングを始めとした技術進化が大きな影響を与えていくだろう。
2018年に起こる歴史的イベントが我々人類にとって、ポジティブなものであることを祈って、今年最後のコラムの筆を置きたい。
どうか、良いお年をお迎えください。
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