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ルールを逸脱する研究者は、これからも現れる(写真:PIXTA)

 ちなみに、炭酸カルシウムは紙やセメント、あるいは胸やけの薬などさまざまなものに含まれている人体に無害の物質である。太陽光を反射する力も、オゾン層を破壊する力も、どちらも二酸化硫黄より相当小さいらしい。

 どこにでもある、しかも副作用の少ない物質を、ごく少量(普通の胸やけ薬一瓶分程度)使う、ということで、不安や批判を払しょくしたいということだろう。

 また、このチームは、早い段階から外部のアドバイザリーコミッティを設置し、外の目で、実験計画を眺めてもらい、透明性と安全性を高める努力もしている。まずは、史上初の実験を慎重かつ着実に実行し、知見を蓄積すると共に、反対する人たちの理解も少しずつ得ていこうということだと思う。

 さて、この実験と対照的なのが、さきごろ報道された中国南方科技大学の賀建奎准教授による世界初のゲノム編集赤ちゃんの誕生だ。ご高承の通り、これは受精卵の遺伝子情報を書き換え、HIVに感染しないようにした双子が生まれた、という内容である。

 この発表内容自体にも、「本当にそんなことに成功したのか」という疑問が投げかけられているが、何よりもゲノム編集の専門家の間で守られてきた規範やルールから逸脱した研究を秘密裏に続けてきたことに、強い批判が浴びせられている。

 このケースで使われたCRISPR-cas9というゲノム編集技術の確立に多大な貢献をしたジェニファー・ダウドナ博士自身、この技術の非倫理的な利用や悪用に警鐘を鳴らしてきた。

グローバルなガバナンスが必要

 思ってもいないような症状が出たりする、という安全性の議論。これに加えて、人間がどこまで他の人間の遺伝子を操作してよいのか、という議論なしに、社会としてこの技術を人間に活用していくことは受容されない、という立場からの警鐘であり、これまでのところ、多くの科学者にもそのスタンスは受けいれられてきた。

 ここまでは、さきほどのジオエンジニアリングの場合と同じだ。しかし、賀准教授はそれらを無視して、「科学技術の発展」という美名のもとに、人間への技術適用を進めてきたことになる。

 遺伝子編集やナノテクノロジーを悪用し、従来にない生物兵器、マイクロロボット兵器を作る輩が出てくる。こういったリスクはここ何年か語られてきており、個々の領域では、好ましくない科学、技術の進化を防ぎ、管理する仕組みが作られてきた。

 しかし、その全体像を明示し、グローバルなガバナンスの仕組みを構築し、運用するところまでは至っていない。何よりその途上で、科学者、技術者だけでなく、さまざまな政治、ビジネス、官僚等の複数の立場の人が参画し、社会に議論の内容を提示していく、という広義のコミュニケーションプロセスは、欠如していると言わざるを得ない。

 我々は、デジタルのみならず、遺伝子編集やナノテクノロジーを始め、多くの領域で「科学」とその社会実装を担う「技術」が飛躍的に進化する時期を生きている。それだからこそ、青臭いけれど、この手のプロセスを国民の側からも強く求め、参画していかないと、本当に大変なことになってしまうのではないか。

 こう強く感じているのだが、いかがだろうか。