人為的に地球の温度を下げる?!(写真:PIXTA)
先だってのNature誌(2018年11月29日号)に面白い記事が出ていた。Solar geo-engineering(太陽光ジオエンジニアリング)に関する実験の話だ。
ジオエンジニアリングというのは、まだあまり見かけない言葉だが、地球環境を技術の力でエンジニア、すなわち、改変することをいう。比較的よく知られた例としては、北京オリンピックの際に、ヨウ化銀を搭載したロケットを1000発以上雨雲に打ち込み、人工的に雨を降らせ、開会式の晴天を確保したという話がある。これも一種のジオエンジニアリングだと考えてよいだろう。
今回の話は、「太陽光」に関するジオエンジニアリングなのだが、地球温暖化への対策を練る上での実験だ。
1991年のフィリピン・ピナツボ火山の大爆発の際には、2000万トンの二酸化硫黄が排出され、その一部は成層圏に達した。二酸化硫黄は、太陽光を反射し大気圏外に戻すため、地表に達する太陽光(と熱)が減少する。
その影響で、その後地球上の平均気温が約18カ月にわたって約0.5度低下したことが知られている。これは、乱暴に言えば、二酸化硫黄の粒子を成層圏で漂わせれば、地球を冷やすことができるということだ。
批判や不安の多い太陽光ジオエンジニアリング
温暖化とそれに伴う極端な気候変動を防ぐために、二酸化炭素などの温暖化ガスの排出削減が延々と議論されているが、昨今の米国の動きにみられるように、なかなか国際協調に至らない。
このまま、座して手遅れになるのを待つだけではなく、いざという時に備えて、人工的に地球の温度を下げるための研究開発を進めよう、というのが今回の実験の背景にある。
ただ、今回の記事でもっとも面白かったのは、その極端なまでの慎重さだ。米ハーバード大学のチームが計画しているのは、2019年前半に20㎞の高度に気球を2回上昇させ、各回100グラムの炭酸カルシウムの粒子を噴霧させる、という実験である。「え、たったの100グラム?」というのが、多くの反応だろう。
この随分、控えめな実験は、費用の制約などから来ているのではない。「慎重さ」を求められ続けてきた分野での、史上初めての実験だからだ。
歴史的に、太陽光ジオエンジニアリングに対しては、多くの不安や批判があった。複雑系である地球の大気圏・成層圏の働きとその挙動は、本当のところ、現在の科学でも完全には解明されていない。
どこかの地域で太陽光を遮り、地上の気温を下げた場合、二次波及効果、三次波及効果として、別の地域の降雨パターンに大きな変動が起こったり、作物の生育が大きく阻害されたりする可能性が否定できないのだ。
また、二酸化硫黄の場合、太陽光を反射する作用が強い半面、オゾン層を破壊するという副作用も強い。
こういった背景から、研究室内での実験やコンピュータシミュレーションを超えて、実際に大気中に物質を放出する試みは、今まで実行された例がない。この中で、今回のごくごく小規模な実験は、史上初めての、太陽光ジオエンジニアリングの視点での成層圏への物質放出なのだそうだ。
ルールを逸脱する研究者は、これからも現れる(写真:PIXTA)
ちなみに、炭酸カルシウムは紙やセメント、あるいは胸やけの薬などさまざまなものに含まれている人体に無害の物質である。太陽光を反射する力も、オゾン層を破壊する力も、どちらも二酸化硫黄より相当小さいらしい。
どこにでもある、しかも副作用の少ない物質を、ごく少量(普通の胸やけ薬一瓶分程度)使う、ということで、不安や批判を払しょくしたいということだろう。
また、このチームは、早い段階から外部のアドバイザリーコミッティを設置し、外の目で、実験計画を眺めてもらい、透明性と安全性を高める努力もしている。まずは、史上初の実験を慎重かつ着実に実行し、知見を蓄積すると共に、反対する人たちの理解も少しずつ得ていこうということだと思う。
さて、この実験と対照的なのが、さきごろ報道された中国南方科技大学の賀建奎准教授による世界初のゲノム編集赤ちゃんの誕生だ。ご高承の通り、これは受精卵の遺伝子情報を書き換え、HIVに感染しないようにした双子が生まれた、という内容である。
この発表内容自体にも、「本当にそんなことに成功したのか」という疑問が投げかけられているが、何よりもゲノム編集の専門家の間で守られてきた規範やルールから逸脱した研究を秘密裏に続けてきたことに、強い批判が浴びせられている。
このケースで使われたCRISPR-cas9というゲノム編集技術の確立に多大な貢献をしたジェニファー・ダウドナ博士自身、この技術の非倫理的な利用や悪用に警鐘を鳴らしてきた。
グローバルなガバナンスが必要
思ってもいないような症状が出たりする、という安全性の議論。これに加えて、人間がどこまで他の人間の遺伝子を操作してよいのか、という議論なしに、社会としてこの技術を人間に活用していくことは受容されない、という立場からの警鐘であり、これまでのところ、多くの科学者にもそのスタンスは受けいれられてきた。
ここまでは、さきほどのジオエンジニアリングの場合と同じだ。しかし、賀准教授はそれらを無視して、「科学技術の発展」という美名のもとに、人間への技術適用を進めてきたことになる。
遺伝子編集やナノテクノロジーを悪用し、従来にない生物兵器、マイクロロボット兵器を作る輩が出てくる。こういったリスクはここ何年か語られてきており、個々の領域では、好ましくない科学、技術の進化を防ぎ、管理する仕組みが作られてきた。
しかし、その全体像を明示し、グローバルなガバナンスの仕組みを構築し、運用するところまでは至っていない。何よりその途上で、科学者、技術者だけでなく、さまざまな政治、ビジネス、官僚等の複数の立場の人が参画し、社会に議論の内容を提示していく、という広義のコミュニケーションプロセスは、欠如していると言わざるを得ない。
我々は、デジタルのみならず、遺伝子編集やナノテクノロジーを始め、多くの領域で「科学」とその社会実装を担う「技術」が飛躍的に進化する時期を生きている。それだからこそ、青臭いけれど、この手のプロセスを国民の側からも強く求め、参画していかないと、本当に大変なことになってしまうのではないか。
こう強く感じているのだが、いかがだろうか。
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