今振り返ってみると、良いものをたくさん見る、という教育ではなく、最初から工作を作ろう、絵を描いてみよう、ということが教育の中心だった時代に育ったせいか、心底いいな、と思える経験なしに、不器用な自分がどうやってもうまくいかない絵を書かされては、「絵画や造形芸術は自分には向いていない」と決めつけていたのかもしれない。

 皮肉なことに、母親はアマチュアながら随分熱心な日本画描きだったので、岩絵具、胡粉(ごふん)、膠(にかわ)といったものの独特なにおいに囲まれて育った。そういう環境だったにも関わらず、私はまったくもって不調法極まりない少年だったと思う。

 ところが、中学の最後か高校の始めごろだったろうか、ある日、家にあった画集を眺めていて、東山魁夷の「道」という作品が目に入った。草むらに挟まれた田舎道だけが描かれた地味な作品だ。

 これが、大変心の奥深く、自分でもわからないような部分を大きく揺り動かしてくれた。妙な類似だが、思春期の自分でも理由のわからないもやもや感に苦しみ、学校でも家庭でも居場所がない感じが強かったとき、ジャニス・ジョップリンの歌に出会い、ああ同じような生き苦しさを感じている人が他にもいるのだ、と勝手に決め付けて、随分と救われた時と、どこか通じるような揺さぶられ感があった。

 実は、今でもなぜだかはわからないのだけれど、とにかく「この絵が好きだ」と感じ、それに続いて「音楽だけでなく、絵でも彫刻でも、自分の奥底のものを揺り動かしてくれるものが“自分にとっての”アートだ」と、すとんと腹に落ちた。

「揺り動かす」感を強く感じさせてくれた、掛川のアート

 さて、本論に戻らせていただく。上述の個人的な定義からすると、現代アートのうち、頭でわかることでおもしろさを感じる「考え落ち」的な作品は、自分自身にとってのアート感に欠ける。その上、持続的な地域おこしの核となるプリンシプルとも、肌合いが悪い。これが、私の感じていた「ずれ感」の正体のようだ。

 ただ不思議なもので、直島の李禹煥美術館、豊島の内藤礼さん・西沢立衛さんの手になる豊島美術館、そして掛川で出会ったいくつかのアートは、コンテクストに依存する「考え落ち」の部分だけでなく、「揺り動かす」感を強く感じさせてくれるものだった。

 言い換えれば、「これは時を超えて、違うコンテクストの時代になっても、人の心を揺り動かすアートだな」としみじみ感じたわけだ。これらは長い時間軸で地域のあり方に影響、それもポジティブな影響を与え続けると思えた。要は、人それぞれの感じ方だとしても、いわゆる現代アートの中でも、時を経て生き残るものが必ずあり、それらは長い時間軸の地域おこしとも、非常に相性が良いのだろう。

 今回のかけがわ茶エンナーレだけでなく、食わず嫌いをしないで、現代アートをいろいろと「感じる」こと。これが、私のようなタイプにとっては、これまでの自分なりのアート感に添いつつ、それを拡げてくれる大きな価値のある経験だった。すでに現代アートを楽しんでおられる方、地域おこしに参画しておられる方だけでなく、より多くの方にそれぞれの楽しみと腹落ち感をもっていただけるといいな、と心から思っている。ビジネスパーソンの感性の高さが、個人も社会も豊かにする時代なのだから。