以前、新潟県十日町に妻有アートトリエンナーレを見に行った際にも感じたのだが、こういう現代アートと地域おこしを掛け算にする催しは、とにかく長く続けること、そして美術館の「ハコ」を飛び出すこと、が大事なようである。

 十日町の過疎地域で、ジェームズ・タレルの光の館という作品を見たときのこと。近くで食事を出すお店にいらした地元のおばあちゃんが、タレルの良さとそれがこの地にある希少さをものすごく雄弁に語っているのに出くわし、感心した覚えがある。

 一回きりの大きなイベントをするのではなく、何度も何度も現代アーチストが地元に制作にやってくる。それも美術館の閉じたハコに留まらず、集落で過ごし作品をその場で展示する。この繰り返しの中で、一見とっつきにくい現代アートになじみ、自分たちの「場」の大事な宝物と感じる地元の方々が増え、それが域外から尋ねる人たちにも伝染していくのだ。掛川で、現代アートが街に飛び出したのは、今回が初めてだが、きっと回を重ねることで、同じようになっていくのだろう。

ジェームズ・タレルの光の館(新潟県十日町市)。(写真:PIXTA)
ジェームズ・タレルの光の館(新潟県十日町市)。(写真:PIXTA)

現代アートと地域おこし、2つの時間軸の「ずれ感」

 旧東海道沿いの老舗商店イシバシヤでは、中村ケンゴさんが店に古くから残るものと自分の作品を組み合わせたインスタレーションを制作したそうなのだが、これを通じて、現代アート好きでもなんでもなかった先代の女将さんが、地元の集まりで喜んで作品の話をするようになった、というお話をうかがった。越後妻有と同じことが起こり始めている。かけがわ茶エンナーレの総合プロデューサーである山口裕美さんにすれば、狙い通り、してやったり、というところだろうか。

次ページ 従来とは異なる見方を、創造的に提示する「現代アート」