拡大するESG投資、実効性高める手法確立が課題
社会問題や環境に配慮しながら「株主価値」を創出するには
御立 尚資
ボストンコンサルティンググループ(BCG)シニアアドバイザー
「環境」「社会」「企業統治」への企業の取り組みに着目して投資を行う「ESG投資」が、世界の株式市場で広がっている。日本では、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人、高橋則広理事長)が先陣を切ってESG投資に着手した。(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
「ESG投資」の認知度、GPIFが後押し
今回のコラム、アルファベットのアクロニム(頭字語=単語の頭文字を並べて造る略語)が、少しうるさいくらい出てきてしまう。どうかご容赦ください。
さて、ESG(環境・社会・企業統治)投資が日本でも本格的に動きだしつつある。Environment、Social、Governanceの頭文字をとったESG投資、ご高承のとおり、狭義の株主価値創出だけでなく、環境(E)や社会(S)へのポジティブなインパクト提供に配慮し、それも含めて適切なガバナンス(G)の仕組みを持つ企業を選別して投資したり、その方向に向けて投資家が企業との対話を行ったりする、という考え方だ。
日本でこの動きが活発化するきっかけは、何よりもGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、ESGの考え方を投資判断に組み入れた国連PRI(Principles for Responsibile Investment、責任投資原則)に2015年9月に署名参加したことだろう。
PRI自体、元々は、アナン国連事務総長が「ビジネス活動が社会にプラスになる行動をする」ために投資家側に対して提唱したもので、国連のSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)に企業側のインボルブメント(関与)を求める動きと、車の両輪となる。PRIに署名している年金基金や機関投資家は増え続けており、2017年段階で参加組織の運用総額は約1800兆円に達しているという。
ESG投資と長期的な株主価値創出の間に「正」の相関
もちろん年金基金を含む投資家が多数参画するということは、単に世の中のためになる企業に投資しよう、ということではない。
統合報告書等を通じて、財務指標以外のESGデータが大量に入手できるようになった結果、ESGの側面でのパフォーマンスの高さと、長期的な株主価値創出との間に、正の相関があるという分析・研究結果が数多く出てきたということが背景にある。要は、運用成績確保と社会へのポジティブなインパクト創出(の間接的支援)の両立が可能だ、ということだ。
GPIFは、まず、運用委託先である金融機関にESGを考慮することを求め、重要な項目については、必要に応じて、投資先企業と「建設的な対話」を行うように促し始めた。さらにESG指数を公募して選定、それにしたがってパッシブ運用(指数連動型の投資手法)も開始した。これは当然、ESG指数に組み入れられた企業の株が買われるということを意味する。
2016年度末時点で、145兆円もの巨額な資金を運用する世界有数のアセットオーナーであるGPIFがこういう動きをし始めることの影響は非常に大きい。彼らは、日本株に加えて、外国株や債券についても、今後ESG投資を行うという方針を明らかにしており、この流れはさらに拡大していくだろう。
ミレニアル世代を中心に「良い企業」を選ぶ傾向が強まる
一方、こういう流れを受けた企業の経営者にとって、ことは簡単ではない。マクロなデータ分析の結果、ESGと株主価値創出に相関があるとしても、では「実際にどんな手を打てば、ESGパフォーマンスと株主価値創出の両立が可能になるのか」、もっというと「幅広いESG関連活動のうち、どこに力を入れることが両立という面で効果的なのか」ということは、必ずしも明確ではないからだ。
投資家のみならず、ミレニアル世代(1980年~2000年代初頭に生まれた世代)を中心に、顧客も社員も利潤追求だけでなく、社会にポジティブなインパクトを与える企業を好み、選択する傾向は強まっている。
また、日本のみならず、世界のあちこちで社会をステークホルダーとして位置付け、それに対する責任を果たすべきであるという経営者は数多いし、ESG的活動に対しては、総じて積極的な向きが増えているといってもよいだろう。
ただし、これまではCSR(企業の社会的責任)、CSV(共有価値の創造)、あるいはESGといった活動と、株主価値創出は定量的にリンクづけされてこなかった。企業倫理としてこういった活動をすべき、と決めてしまう。あるいは、定性的に長期的なメリットは大きい、と説明して終わりだったケースも多々ある。
ところが、積極的に行動しようとすればするほど、いくつもの切り口があり、その中で株主価値創出「にも」効果的なのは、どういう活動なのか、が倫理的・定性的な整理だけでははっきりしない。
どんなESG活動が株主価値に影響するか、4業種で分析
その一因が、業種ごとのESG活動の意味合いが違うことにある、と考えて、ボストン コンサルティング グループの私の仲間が最近、興味深い分析を行い、レポートとして発表した。これは、消費財メーカー(consumer packaged goods)、製薬会社(biopharmaceuticals)、石油・ガス企業(oil and gas)、商業銀行(retail and business banking)の4業種について、どのようなESG活動要素が株主価値(具体的には将来期待を示す株価マルチプル、および現在価値を示す利益率)に影響が大きいかを定量分析したものだ。
[※ テクニカルには、理論株価モデルのマルチプル推定と実マルチプルの相関が高くなるESG活動を抽出し、さらに活動種類別にその活動を行うとマージン(利益)がどれくらい上昇するか定量推計している。詳細をご覧になりたい方は、ボストン コンサルティング グループのウェブページをご参照ください]
その結果のサマリーだけ、図表1と2にお示ししておく。
たとえば、図表1にあるように、消費財メーカー(consumer packaged goods)の場合、マルチプル上昇(と結果としての時価総額拡大)に効くESG活動は、
― conserving water(製造プロセスを中心に、サプライチェーンでの節水を行う)
― Ensuring a responsible environmental footprint(温暖化ガス排出等、環境負荷を高めない責任ある事業プロセスを徹底する)
― Implementing a food safety management program(フードセーフティマネジメントをプログラム化して確実に実行する)
という3種類。
マージンの方は、6種類の重要な項目があり、たとえばconserving waterについて、トップ10%に入る活動を行っている企業と中位レベルの活動を行っている企業を比べた場合、EBITDAマージン率(売上高に対する利払い・税引き・償却前利益の比率)で3.1ポイント、粗利率で5.5ポイントの差が出る、という具合だ。
これを右隣りの列の製薬会社、あるいはその次の石油・ガス業界の企業と比べてみると、業種ごとの違いに驚かされる。
相関があるが、因果関係が証明されたわけではない
実は、この分析、他の業界についても行っているのだが、現在開示されているESG活動に関わるデータでは、十分に意味のある結果が得られていない。
また、厳密に言えば、「相関がある」ということは、すなわち「因果関係が証明された」というわけではない。ESG活動の結果、株主価値が創出されるのか。はたまた、利益率が高く、資本市場でも評価されている企業だから、十二分にESG活動に取り組むことができたのか。このあたりは、ケーススタディを積み重ねて、きちんと証明していく必要がある。
したがって、今回のレポートは、業種別の観点できちんと分析していくと、経営者のESG活動選択に資することができる、ということを示した第一歩、と位置付けるべきものだろう。
ESG活動の開示とその評価の定量化、標準化を進め、それと併せて、業種別に「経営判断に資する」ESG分析が蓄積されていけば、株主と社会双方にとって価値のある活動を選択し実行する企業がより増えていくということを勘案すると、この小さな一歩も大きな価値につながるのではないかと期待している。
小泉進次郎氏「これだけカタカナの言葉が多いということは…」
さて、最初にアルファベットのアクロニム、についてお断りした。過去、同じように英語をカタカナにした言葉を多用した提案を、政府のある会議で行ったことがある。
私が話し終わったときに、横にいらした小泉進次郎さんが、ずばっと「やたらカタカナが多いですね」とおっしゃり、正直、図星だったので、どきっとしたのを覚えている。
ただそれに続く発言で随分と救われた。こういうふうに言われたのだ。
「これだけカタカナの言葉を使わざるを得ないということは、我々の社会にその言葉の表すコンセプトがきちんと存在しないということ。これを根付かせていくことが我々の責務だ」
ESG、PRI、CSR、CSV……こういったアクロニムの示すところについても、日本のビジネス界できちんと定着させ、そのうち、日本語で端的に示せる言葉が登場する。そういう近未来を願っている。
Powered by リゾーム?