これまた、行政や歯科医の方々のご尽力があったのだろうし、さらにキシリトールやさまざまな洗口剤などをビジネスチャンスとしてとらえた民間企業の力も寄与して、中高年自身が自らの歯を守ろうというふうに意識が変わってきたのではないかと思う。

 ただこの結果を見ながら、よくよく考えてみると、少なくとも私の世代などは、8020ではなく、もっと上を目指すべきなのだろう。なんとなく、頑張って到達すべき目標が80歳で20本であり、その近くまでいければいいや、と思ってしまっていたのだが……。

 この2つのデータ、中身そのものも興味深いが、いろいろと示唆がある。

結果がすぐに出ない、ゆるやかな変化にも目を向ける

 たとえば、国としての教育補助のあり方とその財源について、政治の場でも議論がかまびすしいが、教育もその結果が、すぐに目に見える変化を遂げる、といった類の話ではない。もちろん、デジタル社会で積極的に付加価値をつけることができる即戦力人材を、といった少し時間軸の短い話もある。ただ、子供の教育をよりよいものにする不断の努力を続け、長期で幸せな国と国民をつくっていく、というのは、歯の例と同様に、時間がたつと過去の常識が変わっている、という時間軸の長い話なのではないだろうか。

 だとすると、私を含む中高年層が自分が受けてきた教育を無意識のうちに「常識」とした上で、ああでもない、こうでもない、と教育改革を語ることにはリスクがある。

 少しずつ変わってきた「何か」をきちんと再確認し、その上で、数十年後の社会のために、大きな変化ではなく「磨きあげ」ていく部分は何か。あえて、付け加えたり、取り除いたりする部分は何か。こういう時間軸の長い「加減乗除」の話をする必要があると思う。

 教育の例をあげたが、こういう息の長い話が他にも存在する。変化が激しい時代だけに、少しずつ、しかし時がたつと大きく変わるという種類の変化も、見逃さないようにしていこうと、少し改まった気持ちになっている。