平和を望むなら、リアリズムに立脚する必要がある

 北朝鮮の動きを中心として、日本を取り巻く安全保障環境が激変している。元々、中距離ミサイル、サイバー攻撃能力、そして工作員によるバイオテロ等の可能性など、日本の安全保障上大きな脅威であった同国だが、核開発の進展、米国との間の挑発合戦による紛争偶発リスクの拡大によって、さらに次元の違うリスク要因となった。

 平和という理想を追求すればするほど、よりリアリズムに立脚せねばならない。今回の危機は、日本が東アジアの地政学的現実を直視し、国民の安全を守るための具体的なアクションをとるきっかけとなりえるだろう。

 もちろん、リアリズムに基づく行動をするためには、やたらと扇動的な論の是非を見極めることが不可欠だ。そのためには、日本自身を含む関係諸国家が「どういう前提で、どのように他の国家を見ているか」「その前提は、どこから来たものか。正しい前提か」といったことも、深く見つめていく必要がある。『戦争の日本古代史:好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで』(倉本一宏著、講談社現代新書)を読み、そういう思いを強くした。

 同書は、国立日本文化研究センターの倉本先生が、昨今の研究成果を踏まえて、主として古代の日本の戦争について、一般読者向けに書かれたものだ。

日本の前近代における3回の対外戦争とは

 まえがきに倉本先生が記しておられる通り、日清戦争以降の近代の50年間を除けば、日本は「あまり戦争をしてこなかった国」である。海外勢力の襲来を撃退した11世紀の刀伊(東女真族)の入寇、13世紀の元寇を除けば、本格的な対外戦争は、4世紀末から5世紀初頭の対高句麗戦、7世紀後半の(唐・新羅連合軍との)白村江の戦い。そして、その後随分空いて、16世紀後半の秀吉の朝鮮半島侵攻と、前近代においては合計3回に過ぎない。

663年の白村江の戦いに敗れた倭国が、唐・新羅の侵攻に備えて長崎県対馬市に築城した金田城(朝鮮式山城)跡。(写真:PIXTA)