モノやサービス自体を売り込もうとするのではなく、それを提供する上での「自分たちの価値観」を明確に伝え、共感してくれる人たちにサポーター(という名の顧客)になってもらう。そういう姿勢のビジネスが増えてきていることを、ひしひしと感じる。
最近行ったストックホルムのレストラン。ここは、写真美術館の中にある比較的カジュアルなレストランなのだが、単なる美術館併設レストランではなく、わざわざこのレストランに食べにくる人たちが数多くいる有名店だ。店の中心部はオープンキッチンで、数多くの調理スタッフが忙しく立ち働いている。清潔で整頓されたキッチンは、カウンター越しに顧客側から丸見えだ。
そのカウンターの上部に、自分たちの価値観、あるいは目指すところが手書きで掲げられている。曰く「よりグリーンで持続可能な食事こそが、未来に素敵な後味を残す」、「創造性の欠如が、フードウエイスト(食べ残しや、使われず無駄になる食材の部分)を生む。言い訳無用」といった具合だ。できる限り地元産の食材を使った、野菜の多いヘルシーな料理が並ぶのだが、その背景にある自分たちの思いを、目につく場所にはっきりと謳っている。
これは、顧客の側にも、無駄な食べ残しなどをして欲しくない、という意思表示でもある。実際、各テーブルには、どうしても残してしまった場合のために、持ち帰り用の紙製の箱が用意されている。ここまでされると、これはあざといとか、気に入らない、と言う顧客もいるだろうが、「それはそれでよし。できれば、賛同してくださる方々中心に、ビジネスをしていきたい」と本気で思っているのが伝わってくる。
価値観を打ち出し、顧客はサポーター
また、何を目指しているかを顧客に宣言することで、働き手に対しても、自分たち自身を律する基本ビジョンが明確に伝わるはずだ。普段の仕事の中で、個々に求められることが明らかになり、食材の無駄を減らすメニューの工夫、あるいは提供する量の小型化などが首尾一貫して、仕事の中に組み込まれるだろう。さらに言うと、もっと違った方向に美食の方向性を求めたい人たちは、ここで長くは働かないだろうし、価値観を共有する人が残っていくことになる。
こういった「必要以上に工業化しない」「持続可能性を具体的な形でビジネスに組み込む」という考え方のフードビジネスは、ポートランドでも見かけたし、東京や京都など日本各地でも、出てきている。
ただ、この「価値観を打ち出し、顧客をそのサポーターと位置付ける」やり方は、持続可能性以外の価値観についても適用可能だし、事業領域もフードビジネスには限らない。
クラウドファンディングで資金を集める案件を見ていると、アウトドア用の通信機器製造から都心での酒蔵設立まで、実に様々な業種でサポートを募るプロジェクトがあり、その幅はどんどん広がっている。これらは、自分たちの思いや価値観を訴えて、それらに共感する人たちからのサポートを資金調達の一つの手段とするものだが、多くの場合、サポーターが初期の顧客になるような仕組みになっている。例えば、1万円支払うと、開発後、定価1万2000円の商品が送られてくる、といった具合だ。
結果的には、冒頭のストックホルムのレストランと同様、価値観への支持・共感者が顧客になる、というビジネス手法である。
いわゆるミレニアル世代は、社会性の高い活動への共感が強いとされる。持続可能性はその一つだ。彼ら、彼女らの登場が、前述のような動きを加速させている面はあるだろう。
ただ、それにとどまらず、消費社会が成熟した国の多くで、「機能を買う」「知名度を買う」のではなく、「自分にフィットした価値観の企業」からモノやサービスを買いたい、という層が静かに、しかし着実に広がっているのが、この流れの本質だ。インターネットによって、企業と個人の価値観同士のマッチングが行われやすくなったことが、流れを強め、顕在化させてきたのだと思う。
さて、このような話をすると、「日本では三方良しといって、同じような考え方が面々と続いている」とか、「我々は、株主だけでなく社会への貢献をずっと心がけてきた」としたうえで、こういった流れは自分たちのやってきたことそのものだ、と言われる経営者が何人もいらっしゃる。
社訓や行動規範とは別物
確かに、そういう会社もなくはないし、社会的価値を重要視してきたビジネスが多々あるのも事実だ。しかし、今起こりつつある流れは別物だと思う。
単に「社訓」や「綱領」、あるいは「行動規範」を掲げ、そこに立ち戻る姿勢をとるだけではなく、「思いや価値観を、ビジネスそのものに、ごくごく具体的に落とし込んでいく」、「社内だけでなく、顧客にも自分たちの思いや価値観を積極的に伝えていく」ことが、共感・支持の前提になる。また、「すべての顧客に受け入れられなくてもよい」という一種の思い切りが特徴的だ。
日本企業の中でも多くの企業がこだわってきた社会への貢献については、最近CSR (corporate social responsibility)として、事業の外側で貢献する(例えば、植樹やNPOへの寄付)ことから、CSV (creating shared/social value)として本業を通じて社会に価値を創る(例えば、日用雑貨メーカーがBOPビジネスを通じて、新興国の衛生状態の改善と雇用創出を図る)ことへと、少しずつシフトしてきている。
CSVからCCSVへ
今回の話は、さらにそれを拡大し、顧客にも参加を要請し、顧客との強い関係性をつくるというもので、あえて造語で表現するとCCSV (co-creation of social value)とでもいうべき流れだ。
工業化時代のB2C企業のあり方は、まずマスのニーズを捉えることから始まり、その中で企業発の一方向のコミュニケーションが進化するとともに、次第に新しいニーズや効果的なマーケティングが難しくなってきた。そして、顧客を細分化して、製品・サービスを多様化させる、あるいはポイント制度などで長期の関係性を築くということが試みられてきた。
「CCSV」と表現した流れは、その延長かもしれないが、結果的にはちょっと次元の違うムーブメントになる可能性を秘めていると思う。もちろんすべての企業が、こういう姿勢に立つ必要は毛頭ないのだが、頭の片隅には置いておいてよい、結構重要な流れだと思うのだが、いかがだろうか。
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