これまでの社会経済システムやそれが持つ無言の圧力に対して、「個々人がそれぞれの個性と自らの選択に応じて多様な生き方をすること。そしてそれが心の豊かさや幸せに繋がる」という反発が生まれてきた、と解釈してもよいだろう。

 一足飛びに、「だから教育を手直ししよう」とか「働き方改革だ」とwhatに行くのではなく、この「違和感」や「反発心」をきちんと理解し、それらが持つパワーをどう全体としての改革に繋げるか。それが大事なのではないだろうか。

 最後に、「相対的貧困への怒りと将来不安」。受けとめたくない事実だが、バブル崩壊以降、日本人の多くは貧しくなった。国民生活基礎調査によれば、1994年時点での日本の世帯年収は、平均で664万円であった。これが2016年には、560万円と約100万円下がっている。平均ではなく、世帯数での中央値だと、442万円とさらに低い収入だ。

 欧米と同様に、中間層の雇用の一部が新興国に移転しただけでなく、この十数年でいわゆる非正規労働が雇用の3分の1を占めるレベルまで急増したこともその要因だ。ビジネスの側にいる人間としては、忸怩たる思いだが、個々の企業の行動は様々でも、総体としては、この間、労働分配率は大きく低下している。

 自らの意思で、正規雇用を選ばず、フレキシブルな働き方をしたいという人たちが存在することは事実だが、世帯年収の低さ故に、長時間の労働に追われ、社会からの疎外感がある層が増加していることも、また事実だろう。

子供の7人に1人は相対的貧困層の日本

 世帯の平均所得の半分以下(正確には、世帯可処分所得の中央値の半分に満たない)層は相対的貧困層とされる。日本におけるこの層の割合は、16.1%(2012年)に達し、OECD(経済協力開発機構)加盟国の平均11.5%を大きく上回る。この数字は、G7各国の中で2番目に高い相対的貧困率でもある(1位は米国)。

 広く知られているように、子供の7人に1人は相対的貧困層であり、一見普通に学校に通っていても、修学旅行に行けない、3食きちんと食事ができない、という問題を抱えていることが多い。昨今、メディアを賑わす子供の虐待やネグレクトなど、様々な社会問題も、貧困問題が原因の一部となっている例も多いと推定される。

 超富裕層、超高所得層が米国などよりも少ないことから、格差が少ない国と認識されている我が国であっても、今では格差がもたらす貧困問題を抱えていると言わざるを得ないのだ。政府の調査でも、自分の生活が苦しい、と答えた人は55%いる。その全てではなくとも、かなり広範囲にわたって、貧しさゆえの今の社会システムに対する怒り、という「思い・エトス」は蓄積されていると言ってもよいだろう。

 このような方々だけではなく、年金・医療・介護といった社会保障の持続性、あるいはもっと広く人口減・高齢化の進むこの国での、自分自身の将来に対して不安を持つ人はさらに多いだろう。ここでも、変革の梃子となり得る心理的パワーはマグマのように溜まっている。

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