一方、2010年の藻谷浩介氏の「デフレの正体」を嚆矢として人口問題への関心が広範囲で高まっていたところに、増田寛也氏が座長を務めた日本創成会議が2014年に「消滅可能性自治体」の具体名を公表した。これもまた、数多くの地域住民と自治体・政府関係者にショックを与え、「何か手を打たなければ」という心理的な「力」を高めることとなった。

 逆説的だが、震災による被害、そして、自分の住む地域が(少なくとも自治体という組織としては)消滅するかもしれないという驚愕が、地元社会をなんとかしなければ、という「思い・エトス」を強めることに繋がったのではなかろうか。実際に、全国あちこちに足を運んで、地域おこしの話をうかがうと、ここ数年、明らかにそれを進めていく熱意と具体的な行動のレベルが高まった地域が増えているように感じられる。

 特に、最近強く感じるのは、「中央主導の政策を待っていても無駄。自分たちが地元で動いていかなければ、変化は起こらない」という感覚の高まりだ。この「思い・エトス」は、何らかの形でポジティブな変革への梃子たり得るのではないかと思う。

 二つ目に、「従来型経済成長への疑義」。地域にある自然環境を活かす気持ち、あるいは循環型経済への志向という点で、「地元愛」とも重なるのだが、地方のみならず、大都市生活者の間でも、「従来型の経済成長は何か違うのではないか」という違和感が強まっているように見受けられる。

 第3次産業革命を受け、20世紀の大部分は、日本を含むほとんどの先進国で、「工業生産重視」「(土木、建設を伴う)開発型」の経済運営がGDPを増やし、人々に豊かさをもたらしてきた。この中で、政治と分配のシステムが機能不全を起こしたことが、三つ目の「相対的貧困への怒りと将来不安」に繋がったことは言うまでもない。

 しかし、それ以外にも、従来型の経済成長は、気候変動を中心としたサステナビリティへの懸念を人々の心にもたらした。行きすぎた開発と工業化が、地域の景観を壊し、さらには自然環境の破壊に繋がったことに対し、20世紀半ばには公害反対という目に見える形での運動が起こったが、21世紀になってからは「静かな反抗」として、地域での景観回復、あるいは(棚田、里山などの人の手が入った上での)自然との調和の仕組みを再構築しようという動きが、あちらこちらで出てきている(あえて言えば、ここへ来て、異常熱波、ゲリラ豪雨や超大型台風などが続き「このままではまずい」という思いが強まりつつあるようにも思える)。

 さらに、日本においては、工業化社会を作る上でたいへん役立ってきた「(アウトライヤーを作らない)画一的な教育システム」「(自らの思いや個性を犠牲にしてでも)集団としてアウトプットを出すことが良しとされる社会通念や働き方」。これらに対して、「これは何か違うのではないか」という思いを持つ層が広がってきた。

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