冷静で前向きだった「シンギュラリティ」のレイ・カーツワイル

 こんなことを考えていたら、突拍子もないが、昨今のAIやIoT革命とリーダーの役割、というまったくジャンルの違う、最近考えさせられることの多い話ともつながる話だな、と思うようになった。

 先日、サンフランシスコでシンギュラリティ(技術的特異点)で知られるレイ・カーツワイルの話を聞いて感じたのは、冷静さと前向きさだった。あれだけコントロバーシャルな本の作者とは思えない、落ち着きはらった様子で、いろいろな分析を淡々と紹介していく。その上で、これからのテクノロジーの非連続的変化をポジティブに使って、より良い社会を作ろう、というトーンで首尾一貫していた。

 一方、戻ってきて日本で見聞きする確率が高いのは、感情的に煽る議論や、ネガティブな議論だ。AIが暴走して人間の手に負えなくなる、といった類だけではない。

 日本企業は、そもそもIoT競争についていっていない。このままでは、新たな破壊的競争者に押されて、事業自体がなくなってしまうかもしれない。とにかく、必死で勉強して、キャッチアップせよ――という形で、やたら脅かす識者。

 なかには、それを真に受けて、ものすごく焦り、突然「とにかくAIとアナリティクスに関わる会社に出資しろ」と言い出す経営者までいる。

 確かに、一般論で言えば、シリコンバレー的な新しい技術を使って、大きなビジネスを作るのは、日本企業の得意技ではない。また、これからの技術革新が、破壊的な新規競争者を生む可能性は高いし、さまざまな業界で産業構造が変わっていくだろう。

 しかし、それに対して、したたかに乗り切っていくために必要なのは、感情論でも恐怖感でもない。以前、ネガティブな感情にとらわれていると、人間の認知能力は低下する、という論文をご紹介した(「楽観的なリーダーは組織を強くする」)。

 先が読めないときに、リーダーに必要なのは、できる限り冷静に、今の段階でわかることと、考えてもわからないことを切り分けること。その上で、変化を前向きにとらえて、組織を委縮させず、自分たちが技術変化の波に乗って、より大きな社会ニーズを解決していくのだ、というメッセージを伝えていくことだと思う。

 アビラの聖テレジアというカトリックの聖人の残した祈りに、次のようなものがある。

 「神よ。思い煩うべきことと、思い煩わざるべきことを、見極める力を私にお与えください。」

 私自身、このお祈りが大変好きで、深いなあ、と思うのだが、今こそこういう姿勢が必要だろう。

 煽られようが、不安や恐怖心にかられそうになろうが、リーダーの皆さんが、あくまで抑制的に、しかし変化をポジティブにとらえて、できればわくわくする気分で、技術変化の大波を乗り越えていっていただければ、と切に思う。これができれば、高齢化や財政悪化に苦しむ日本の逆転ホームランも夢ではない、と信じているので。