さて、世界は人類にとって、マクロに良い方向に向かってきただけではなく、個々に見れば、悪い方向への変化も当然存在する。

 ハンス・ロスリングは、20世紀全体を見ると、世界中で自然災害で亡くなる人数が減少してきたことを指摘している。これは、豊かになった新興国で洪水を防ぐようなインフラが充実し、危険な地域で脆弱な住宅に住む人の数が減ったこと、緊急時の救急対応体制が少しずつでも整ってきたことなどによるのだろう。しかし、新興国の工業化に伴い、温暖化ガスの排出量は増大し、世界中で豪雨・洪水などの自然災害の発生とその被害額は増えてきている。

 災害の増加傾向と、人的被害の低下傾向。そのどちらが優位になっていくかは、あくまで今後の人類の行動次第であり、トータルで良い方向にも悪い方向にも振れ得る。

 欧米日だけが先進国として豊かな生活を享受していた時代から、数多くのミドルクラスが世界中の国で生まれ続ける時代になってきた。これは、人類全体にとって好ましいことだ。

 一方、その世界中が豊かになっていくメカニズムを支えてきた米国中心の仕組みと価値観が崩れてきている。いわゆる、リベラル・デモクラティック・オーダー、すなわち、自由貿易と民主主義をベースとしたルール、そしてそれを米国の圧倒的な軍事的優位性で支える「秩序」維持のメカニズム。これが中国の台頭と、本来はその盟主であった米国の行動様式の変化で、危機に瀕している。

 世界の警察官役を放棄する米国。さらに「多国間の自由貿易体制の維持ではなく、自国に優位な二国間取引に向かう」米国。

 そして、「現行政治体制の維持がより一層の自国民の繁栄に不可欠」として、そのために西欧・米国・日本の技術や製品に依存しない「製造強国」「AI強国」を作り上げようとする中国。南シナ海での海上覇権確立や一帯一路政策による影響範囲の拡大を通じて、米国の軍事力の影響を受けない、自国を中心とした経済圏を作ろうとしている中国。

バイアスなしに事実を見つめよう

 この2大国の20世紀と全く異なる行動様式は、残念ながら一過性のものではないだろう。この中で、新しい世界秩序の基本となる価値観そしてそのガバナンスのメカニズムを構築していくのは容易ではないが、これこそが(日本を含む)2大国以外の主要な国々が協力して取り組んでいくべき課題だろう。そして、その成否は我々自身のこれからの行動にかかっている。

 上記のように、世界の状況は様々な点で、良くも悪くもなり得る分岐点にあるようだ。そして、我々自身の主体的な行動の積み重ねが、これからの方向がどちらに向かうかを決めていく。他の誰か、ではなく、一人ひとりのできることは限られていても、自分を含む個人個人、その行動の総体が大きなインパクトをもたらすのだ。

 しかし、ここに掲げたような課題には、あらかじめ決まった解決策の「答え」があるわけではない。ここからは、道なき道を歩むような、試行錯誤あり、不安との戦いあり、という道のりであるような気がする。

 その道を旅していく際に、重要なのが、ハンス・ロスリングのもう一つの特徴であり、真骨頂である「明るさ」だ。ファクト、データに基づいてモノを見ていくだけでなく、必ずユーモアのセンスを活かしながら、自らとその周囲を明るくしてくれる。それが彼の大きな強みであった。

 残された我々は、バイアスなしに事実を見つめながら、彼に倣って、「明るく」21世紀を歩んでいくことで、地球そして人類全体にとってポジティブな未来を切り開いていくしかない。そんなことを考えながら、改めて、ハンス・ロスリングの安らかな眠りをお祈りしたい。

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