いかに我々が、彼ら・彼女らを排除してしまっているか

 これらの発達障害は、子供だけではなく、大人にもかなりの数が存在すること。しかし、メディア等で取り上げられることで、自分は発達障害ではないか、と思い込んでしまう人もいること。などなど、いろいろ蒙(もう)を啓(ひら)かれる点が多々あった。

 ただ、「日本企業が多様性を高め、さまざまな異質の人材を活用する難しさ」という従来から考え続けているテーマについて、この二冊の中に大きなヒントがあったのは予想外だった。

 『発達障害』で、「空気が読めない」「極端なこだわり」といった特徴がある人たちをどう受容していくのか、という部分があるのだが、ここで気づかされるのは、いかに我々が(無意識のうちに)彼ら・彼女らを排除する行動をとってしまっているか、だ。特に日本の会社組織の中では、ある一定の行動規範からはみ出してしまう人たちを低く評価することが、無意識のうちに繰り返し行われ、組織文化の一部にまでなってしまっている可能性が高いように思える。

「異質な人材を活かす」というレベルではなく、根こそぎ変える

 単に言葉で、「異質な人材を活かす」というのではなく、無意識なうちに彼ら・彼女らを低く評価したり排除したりしがちな組織文化を、根こそぎ変えていく。さらに、本当に活かすために、リーダーが徹底的にチャレンジしながら深く関わっていく。この二つができてこそ、多様な人材が受け入れられ、その中から異質同士のぶつかり合いを通じてイノベーションが生まれる。こういう大変難しいチャレンジが必要なことを、この二冊の本は教えてくれた。

 逆に言えば、難しいからこそ、乗り越えた企業は、そう簡単には真似できない競争優位性を身につけることができるわけだ。人事制度の変革を、細かい手直しレベルに留めず、本当に企業の成長につなげていくためには、「異質」「異才」を巡る本格的な行動、そしてそれをやり切る覚悟が必要なのだろうと思う。

 さて、次回は、働くことの意味・目的の再設定について、書いてみたい。