私自身、ADHDの症状にかなり該当していた

 ところが、読み進めているうちに、私自身、軽度ではあったかもしれないが、ADHDの症状に相当当てはまる子供だったのだな、ということに気づかされた。

 小学校時代、毎年毎年通信簿には、「落ち着きがない」「すぐに気が散る」といった指摘が続いていた。屋外で写生をした際に、時間配分がうまくできず、「あと数分で片付けよう」と言われてから、大慌てで、できていない部分を脈絡のない色で塗りたくり、当初はそこそこうまく描けていた絵を台無しにしたことを、今でもよく覚えている。整理整頓や片づけも大の苦手で、学期の終わりになると机の引き出しから、かちかちになった給食のパンが出てきたりして、隣の席の女の子が片づけてくれていた。

 何かにつけて、悪気はないのだが、ルールや規則を守れず、今考えてみると、かなりの問題児だと思われていたかもしれない。

「どうしてこんなに生きづらいのだろう」

 その後、中学に入っても、同様のことが繰り返され、「きちんとしろ」「なぜそんなことができないんだ」と怒られることが続き、大げさに言えば「どうしてこんなに生きづらいのだろう」と思っていた。

 一説によれば、小学生男子の約1割は、なんらかの発達障害に当てはまるらしいが、私もその一人だったのだろう。当時の生きづらさや疎外感は、このあたりからも来ていたのかもしれないと、いまさらながらに気づかされた。(もっとも、「発達障害」の著者、岩波先生によれば、最近自分が発達障害だと思い込んで受診してくる大人が多いらしいので、勝手に決め付けてはいけないのだろうけれど。)

 私の場合は、母親が根拠なく「あなたは大丈夫」だと思い続けてくれたことや、中学・高校で(少数ではあるが)「おまえは本当に仕方ないな」と言いながら、受け入れてくださった先生方のおかげで、いつの間にか(「普通の人」のふりをしながら)生きていける程度には改善した気がする。