久しぶりに、西海岸に出張してきている。サンフランシスコでの会議の合間に、シリコンバレーにも寄る予定なのだが、土地柄もあって、会議の中でデジタル・トランスフォーメーションの話になることが多い。
デジタル・トランスフォーメーション、すなわち、AIやデータ・アナリティクス、あるいはIoTを含むさまざまなデジタル技術の進化・変化を活用しきれるように、企業全体を変革する。これが現在の経営者にとって、喫緊の課題であり、それを具体的なプログラムとして進めていく、という話なのだが、どうも日本で同様の話をしているのとは、かなり中味が違うのだ。
日本の企業をひとからげにするわけにはいかないし、欧米発の企業の中でもばらつきは大きいのだが、あえて分かりやすくするために、日本型の典型例と欧米型の先進例を比較してみると、以下のような違いがある。
1 時間軸
日本型「数年先を睨んで、勉強し試してみる」
欧米型「数年先から逆算して、今から変革を始める」
2 取り組みの理由
日本型「デジタル系の異業種競合や同業の先進企業に席巻されるリスクへの“守り”」
欧米型「まず、既にある課題をデジタルで解決。そこからのキャッシュを積み重ねて投資原資とし、デジタル時代に高い競争力を持つための“攻め”」
3 担当部門
日本型「経営企画、コーポレート・ベンチャーキャピタル、あるいは研究所・開発部門」
欧米型「トップ直轄のPMO(プログラム・マネジメント・オフィス)を置いた上で、全社全部門」
新商品の不具合にビッグデータ解析で素早く対処
ここ1年ほど、日本の経営層の間でも、デジタルインパクトへの感度は高まってきている。「セカンドマシンエイジ」、「限界費用ゼロ社会」、「ポストヒューマン誕生」など、欧米の経営者の間でも大きな話題になった書物は、多くの方が既に読んでおられる。フィンテック分野でのメガバンクの動きが良い例だが、シリコンバレーに橋頭保を築き、ベンチャー投資を行うケースも増えてきた。
時代が大きく変わりそうな予感を持ち、それに備えようとしているわけだ。正しい動きだと思う。
ただ、今回見聞きした海外、特に欧米が出自の多国籍企業でのデジタル・トランスフォーメーションの例は、その切迫感とアプローチの点で、随分様子が異なるのだ。
例えば、ある耐久消費財メーカーの場合。この会社では、まず数年先までに実用化され、十分活用できるであろう技術をどのように使うか(ユースケース「use case」と呼ばれる)を、2カ月の期間を切って、全社で徹底的に洗い出した。その結果出てきた潜在的メリットは、数千億円相当に上る。
しかし、経営会議での精査を経て、出された指示は、
「その中から、まず具体的なキャッシュを早く生みだすプロジェクトを、いくつか洗い出し、すぐに実行せよ」
というものだった。
具体例のひとつは、新商品の不具合への対処の早期化だ。
今までは、商品を発売してから、事前に想定できなかった不具合があった場合は、商品を具体的に改善する意思決定までに、平均して40日ほどを要していたという。この間、不具合のある商品は次々に作られ、チャネルを通じてユーザーの手に渡っていく。多くの場合、一定期間後、顧客にコンタクトし、商品回収・交換、あるいは無償修理を行うことになる。
デジタル・トランスフォーメーションチームは、この「既存の課題」に目をつけ、SNSへの書き込み、それ以外のネット上の口コミ、お客様相談センターへのメールや電話の内容、といったさまざまな情報をビッグデータとして解析。結果的に、発売後数日で、対応すべき不具合を抽出し、商品改善の意思決定を行えるような仕組みを作り上げた。IT部門を含む多様な部門を巻き込むプロジェクトではあったが、4カ月で実用に供することができ、これだけで優に数百億円の価値が得られたという。
こういったプロジェクトを複数行うことで、全社の中核的なITシステムとそれに関連する業務・オペレーションを変革していくための原資を生むことができる。本気でデジタル・トランスフォーメーションをするには、相当額の投資が必要だが、投資回収までの期間、それをファイナンスする仕組みをつくらないことには、思い切った実行ができない。小出しに、カイゼン的な手を打つことに留まってしまい、競合優位性をもたらすようなレベルにまで、進めないのだ。
さらに、この初期のプロジェクト群の狙いは、社内に、部門横断でデジタル・トランスフォーメーションを実際に行った経験を持つ人材を作り上げるというところにもあった。外部のベンダーも巻き込んで、数年がかりでトランスフォーメーションを行っていくにせよ、社内に中核的な人材層がいないと、とてもではないが効果的・効率的な変革はできない。そういう判断だったらしい。
既存の課題解決を積み上げていく姿勢が大切
この例から見えてくるのは、トップの「本格的なデジタル変革が不可欠」というはっきりした意思、そして「全社的な大規模変革が不可避なら、そのための原資の手配と人材作りにまず着手」というプラクティカルな判断だ。その結果、という側面もあろうが、「いつか来る将来の競争リスクへの対応」というよりも「既にある課題を新しいデジタル技術でまず解決することを積み重ねる」という姿勢もはっきりしている。
私自身は、この最後のポイントが一番重要だと思う。
以前、一般的なインダストリー4.0ブームへの違和感についてコラムを書いた際にも感じていたのだが、将来に向けたビジョンはものすごく大切。これなしには、大きく足元をすくわれてしまう。ただし、それに対して、本質的な対応をするには、将来像を持つだけでは不可能だ。
全社的に、今ある課題をデジタルでつぶしていくということを行いながら、会社全体のデジタル・ケイパビリティを高め続けていく。ベンチャー投資をするにしても、将来を睨んだベット(賭け)だけでなく、具体的な課題解決に必要な技術要素や人材を埋めるという視点で投資、M&A、あるいは提携を行っていく。
こういう地に足のついた部分がないと、大企業が本当に変革し、デジタル時代に強くあり続けることはできないのではなかろうか。そう考えるからだ。
今ある本業をやり切りながら、新しい時代に備える、というのは、そう簡単ではない。ただし、デジタルの大波に洗われ、業界構造そのものが変わっていく産業は数多いはずだ。その中で、したたかに波を乗り移っていくために、今回見聞きしたようなアプローチで取り組んでいく日本出自の企業が増えていって欲しいと思う次第。いかがでしょうか。
Powered by リゾーム?