今年の5月中旬、インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)のSAKE部門の審査が、山形であった。元々は、WINE&SPIRITSという雑誌が主催し、世界のワインを比較するコンテストとして始まったIWCだが、2007年にSAKE部門が設けられ、世界各国からの評者によって、(彼らの視点で見た)優良な日本酒が選ばれ始めた。
今年は、9カテゴリー1639点が出品され、その中から97点のゴールドメダル酒が選ばれた。このあと、7月にはロンドンでチャンピオン・サケが発表されることになっている。ちなみに、昨年のIWC2017では、岩手県の「南部美人 特別純米」がチャンピオン・サケの栄誉に輝いている。
さて、9カテゴリーの中に、「古酒」というカテゴリーがある。一般的には、若いうちに飲みきる酒類と考えられている日本酒だが、ワインと同様に、熟成を楽しむ対象としても捉えられているのだ。
日本酒をグローバルビジネスにするには
過去から、冬から春先に仕込んだ酒を、夏を越させ、気温が下がる秋口になってから、火入れをせず生で出荷することが行われていて、「ひやおろし」と呼ばれている。できたてのフレッシュ感ではなく、一定の期間を経て得られる「味の様々な要素がなじんだバランス感」を楽しむ酒だ。一種の熟成を楽しむ感覚は、元来日本酒文化の中に備わっていたということだろう。
考えてみれば、江戸時代には、現在の兵庫県の伊丹や灘で醸された清酒が海路で江戸まで運ばれる(上方から江戸に「下る」)間に、味が慣れ、かえって美味しくなる、とされていたわけで、これまた熟成に価値を見出す話である(ここから、質の悪いものを「くだらない」というようになったという話をご存じの方も多いと思う)。
しかしながら、いつの間にか、(日本酒好きでお詳しい方々は別として)多くの現代日本人は新鮮、フレッシュな日本酒が良いものと思い込むようになり、かつ燗酒ではなく冷やして飲むのが普通になっていった。これ自体は、好みの問題でもあり、とやかく言うべきことではなかろう。
(本題とは外れるが、酒税確保の観点から、国税当局は酒税の対象とならない在庫が、複数年、蔵元で保管されるのを好まず、それが複数年熟成を妨げてきた側面があるようで、この点については外野からでも、とやかく言いたくなる。)
ただ、日本酒を、グローバル市場で大きなビジネスにしていく上では、「フレッシュな冷酒」一本槍では、需要拡大、市場価値増大のボトルネックになってしまう。
その理由の第一は、「食前酒」化による消費量の限界だ。海外市場では、香りの強く出るタイプの若い吟醸酒を食前酒として飲むというパターンから日本酒文化が受容されてきたケースが多い。その結果、海外のレストランで拝見していると食前酒ないし食事開始後の最初の一杯という扱いにとどまっていることが、まだまだ多いようだ。本来は、ワイン並みに、食事全体を通して楽しむ「食中酒」の地位を得ないことには、消費量が伸びていかない。
ワインは嗜むが日本酒はよくわからない、と言う海外のワインドリンカーの友人たち。彼らにも、素直に受け入れられる「酸がきちんと立ち、その上で旨みとバランスがとれた」タイプの日本酒が、最近明らかに増えてきている。この手のものは吟醸香も控えめなものが多く、味自体と相まって、油脂を使った料理や肉にも合わせやすい。要は、日本食以外の食文化の中でも「食中酒」としての地位を獲得しやすいのだが、これまでの「フレッシュな冷酒、すなわち食前酒」というパターンがこれを邪魔している。
さらに言うと、赤でも白でも、本当に良いワインは複雑性を持っていて、これに対抗していくには、うまく熟成した古酒の持つ複雑性が大きな武器になるはずだ。これに、燗酒という日本酒文化独特のソフトが加われば、ハイエンドのユーザーにとっても、「ワインの代わりに少し飲む」「よくわからないが、寿司と合わせるには良さそうだから、その時だけ少量飲む」というレベルではなく、「日本酒文化とその楽しみを深く知りながら、メインの食中酒として飲む」という対象となり得る。
SAKEは「資産」にできる
第二の理由は、古酒、すなわち長期ストック可能な日本酒を通じたSAKEの「資産」化の可能性である。海外、特に欧州では富裕層が、その資産の一部をワインとして保有するということが、半ば常識化している。相続時の税メリットがあるような税体系になっている国が数多くあることが大きな理由だが、もちろん前提として、ワインの特長とそれを取り巻く市場の整備がなされていることが重要だ。
ボルドーやブルゴーニュ、あるいはピエモンテ、トスカーナ。有名産地のワインの中には、必ず長期間の熟成に耐える長命なワインが多数存在している。また、熟成期間、様々なタイミングでこれらのワインを売買する市場もある。
作られて、短期間に消費されて終わり、というフロー型のワインが量的には大部分だが、金や美術品同様「長期保有可能な資産、かつ一定の流動性がある」という「ストック資産」として扱われるワインもあるのだ。当然、これらのワインは相対的に高価格であり、生産者も長期保存が可能な作りをし、それに見合った価格で販売している。
ワイン同様、全ての日本酒がそういうわけにはいかないが、熟成を前提にして作られた酒質の日本酒は、ストック資産になる可能性を秘めている。日本酒ブームに沸きながらも、着実に全国の蔵の数が減少し続けている現在。ワインと比べると、技術的な困難度も高いのに、最高品質のものが一升瓶数千円で売られることが普通である日本酒の実現価格の状況。これらを考えると、このストック市場化のポテンシャルを看過するのは、あまりにもったいないと思う。
最初にご紹介したIWCのSAKE部門、その中での古酒カテゴリーを見ると、超甘口のデザートワイン的なものから、食中酒として最適かつ熟成で複雑性を増していくものまで、様々なものが同じ土俵でコンテスト対象になっている。
グローバルに伝えていく日本酒文化の幅をより広げ、熟成酒や燗酒文化を加えていくことを考えると、この辺りのきちんとした理論化と整理が必要だな、と常々考えていたところ、先だって、貴重な体験をさせていただき、「理論化と整理」に光が見えてきた。
福井の銘醸「黒龍」の水野さん、そして群馬で群を抜く「水芭蕉」の永井さん。このお二人のご当主が醸された熟成酒、すなわちビンテージ・サケを飲みながら、お二人がどういうお考えと手法でこれらの酒を醸し、日本酒の熟成文化を広げていこうとお考えか、そのあたりをじっくり聴かせていただく、という贅沢な機会である。門外漢が的外れな質問をするのに、お二人とも本当に丁寧に答えてくださった。
ワインから入った飲む側の人間として、勝手な感想を持ったのだが、この二蔵の熟成酒は、酒質が綺麗だがその奥に複雑性を秘めた、質の高いブルゴーニュの赤に似ている、ということ。実際に、お二人とも「綺麗で複雑」という世界観で熟成に耐える酒作りをしておられるということだった。ワインで言うと、ローヌやカリフォルニアワインの一部にある「インパクトがあり複雑」という世界観の酒もあるのだが、日本酒の世界でも同様の作りをしていらっしゃる蔵もある。
日本酒を「食中酒」に
この辺りを、合わせやすい食べ物や醸造の特徴を合わせて伝えれば、日本でも海外マーケットでも理解されやすい「古酒」ないしビンテージ・サケの「ものさし」ができるように思える。
本当に質の高い熟成酒を作るには、醸造プロセスの中で、仕事をやりきる強い麹・酛(もと)が大事なのでは、という仮説を素人なりに持ってきたのだが(実は、ワインのエキスパートの方々がブラインドで選ぶ日本酒にこの手が多い)、この素人仮説も、当たらずとも遠からず、ということで色々教えていただいた。さらには、熟成させる温度による違いなど、本当に奥深い世界で、その一部を垣間見るだけでも感激の連続だった。
私などよりもっと日本酒の世界に詳しい方々の助けも借りながら、日本酒文化の幅を広げていこうとしておられる蔵元を支援し、ワインと並ぶ「食中酒」として、そして「ストック資産」にもなる日本酒の世界を実現するために、次は何をしようか、とワクワクしながら考えている。
もう少しまとまったら、ぜひ読者の皆様にもご報告しますね。それまでの間、それぞれの場で、ぜひぜひ食中色々な場面で日本酒を飲んでいきましょう!
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