オバマ氏やクリントン氏に対して批判的な民主党支持者が、トランプ氏とは政治的立場が全く異なるサンダース氏を熱烈に支持していたことを思い出してみよう。サンダース氏はアンチエスタブリシュメント、既得権破壊、という点においては、トランプ氏ともっとも近い考えを持つポピュリストだった。論理的にはまったく異なる両氏の主張を、既得権を持たず「上から目線」が許せない大衆層がそれぞれ熱心に支持していたのだ。

 こう考えていくと、アートやエンタメの世界における「脆弱で、寛容なポピュリズム」に似たようなもの、言い換えれば「上から目線にならず」「大衆の無意識をきちんと形にする」けれども、線引きをして、敵を作ったりしないポピュリズム。これを、政治の世界でも再現することが、「悪いポピュリズム」に対抗していくためのヒントにならないだろうか、などということを、くだくだと思い巡らしている。

 ポピュリズム批判に隠された「上から目線」からの脱却、さらには「エリート主義に逃げず」「一定の役割を終えたら、次のヒット(支持される政策)」と入れ替わっていくことの許容、という感じだろうかと思う。

上から目線ではない「ポピュリズム」とは

 横山大観が最晩年まで、アトリエ兼自宅として使っていた建物が上野にあり、横山大観記念館として公開されている。本人がここに座って、あの絵を書いていたのか、などと思いをこらすことができる、なかなか趣のある建物だ。ここに酒好きだった大観が、清水六兵衛と合作したというお猪口が展示されている。飄々とした絵付けで、上から目線やエリート然とした構えとはまったく無縁な感じのするお猪口である。

 守旧派の人たちからの悪評を物ともせず、「日本画」という分野を開拓する気概を持って、印象派に比肩されるような「空気感や光を新しい技法で描こう」という姿勢で画業に取り組んでいた初期の大観。そして、肩の力の抜けたお猪口を合作していた大観。

 叶うことならば、戦後の大観先生に、上から目線ではない「良いポピュリズム」について、話を伺ってみたいと思う。