協調によって医療の質が上がることも

 もちろん、医療の質を棚上げにして、なんでもかんでも共通化して、協調する、ということでは困る。

 ただ、日本の場合、協調しながら、場合によって、医療機関ごとに特異な診療領域に特化していくことが、医療の質を上げることにもつながるのだ。

 先進国間の比較をしてみると、日本は専門医一人あたりの取り扱う症例数、たとえば特定の病気の手術数がかなり少ない。数多くの医療機関がフルセット主義で、同じような診療科構成で競争を繰り広げているため、一医療機関あたり、あるいは医師一人あたりの取り扱う症例数が分散してしまうのだ。

 もちろん病気によるのだが、少し単純化をお許しいただければ、最先端の治療になればなるほど、医療機関あたり、医師あたりの症例数が積み上がるほど、医師以外のチームも含めた熟練度が高まり、結果的に医療の質が高まる、というところがある。岡山や熊本、あるいは広島などで、試みが始まっているのだが、大病院間での協調を通じて、診療科棲み分けが進むと、医療の質が上がることも期待されるのだ。

 少し視点を変えてみると、「地域の人口減少による需要減」が「団塊の世代による需要増」を上回る過疎地も存在する。こういった過疎地域の場合は、医療機関の生き残り(すなわち、地域での医療インフラ存続)のために、病院間で領域ごとの棲み分けが必要となってくる。

 先日、岡山で行われた全国経済同友会セミナーの際に教えていただいたのだが、岡山県北の真庭市では、「何十年戦争」といわれるくらい強烈な競争を繰り広げてきた民間病院同士が提携協定を交わし、お互いに診療領域を交換することも含めた棲み分けを始めているという。協調しなければ、存続が危ぶまれるという危機感がその原動力らしい。

 医療の議論になると、ややもすると原理主義的に「自由競争を持ち込んで、社会保障費を下げる」対「利潤を追い求めるのではなく、国民福祉の観点から現行の医療制度を守り抜く」といった神学論争に陥りがちだ。

 いま本当に必要なのは、極論に走るのではなく、「競争」と「協調」のバランスを「協調」よりにシフトさせながら、団塊インパクトによる「人口減の中での医療の需要増」と「その後の需要減」の両方への対応を目指すこと。それも、地域ごとの医療現場の実態を踏まえた議論を行うこと、なのではないかと思っている。いかがだろうか。